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1歳3ヶ月のときに全盲になり、以後日本の大学、海外の大学院まで卒業した石田さん。

そんな彼女は今、認定NPO法人フリー・ザ・チルドレン・ジャパンの職員として、フィリピンで障がい者支援事業に携わっています。

彼女はなぜ、そしてどんな想いで障がい者支援に関わっているのか?

石田さんの挑戦、そして素顔に迫ります。

(聞き手:田才諒哉)

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「自分にしかできないこと」との出会い

ーー石田さんが途上国支援に関わるようになったきっかけについて教えてください。

2010年3月、大学1年生の春休みに、現在私が働いているフリー・ザ・チルドレン・ジャパンのスタディーツアーでフィリピンへ行きました。そこで現地の人にこんなことを言われたんです。

「君は目が見えないのにいったいどうやって教育を受けてきたんだ?この国ではまだまだ障がい者は何もできない存在だと思われている。健常者でさえ日本語しか話せないのに、あなたは英語まで話せてすごい!」

ひょっとしたら、ここでは自分にしかできないことがあるかもしれない。この国での視覚障がい者を取り巻く教育環境について興味をもった私は、それから2011年3月から11ヶ月間留学したり、個人的にフィリピンに行くようになりました。

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子どもたちの可能性が奪われてしまう社会

ーーフィリピンの視覚障がい者を取り巻く教育環境について教えてください。

フィリピンに留学時、地方の学校に併設する視覚障がい児学級へ行きました。年齢も視力も関係なく一緒くたにされた、5歳から14歳の生徒に対して先生が1人、そしてその先生にも教育をしっかりやるという気概がなく、誤解を恐れず例えるなら、まるで保育園のような環境でした。

ですが、視覚障害児学級の子どもたちと触れ合ってみると、おとぎ話を一回聞いただけなのに暗記して話せるくらい頭の良い子がいたりと、彼らが「できない」のではなく、周りの人たちが彼らは「できない」と決めつけ、可能性を潰している現状が見えてきました。

またマクロな視点で見ても、国内に貧困など、解決すべき課題が蔓延しているフィリピンでは、障がい者の支援は政府のプライオリティーでないこともわかりました。

現在フィリピンにおける視覚障がい者の高校への就学率は2%。就職できない人がマニラだけで100人以上。さらには、結局学業を受けても就職できないという現実です。

政府が取り組まないのであれば、私たちNGOが取り組む意義があるのではないか。そう思って、ここフィリピンでの障がい者支援事業をスタートしました。

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ーー日本にも視覚障がいのある方はいらっしゃいますが、途上国の視覚障がい者を取り巻く環境との違いについて教えてください。

私がフィリピンで出会った中で、18歳で全盲になり捨てられた男の子がいました。彼は15歳の従兄弟と2人で、なんと豚小屋の2階に住んでいました。親は18年間育ててきて、全盲になったら我が子でも捨ててしまう…障がいがあることは未来がないと思われている現実に直面し、筆舌に尽くしがたい感情が芽生えました。

こうした現実がある一番の原因は、「努力した結果が報われる環境が保障されているかどうか」にあると考えています。特に地方で暮らす視覚障がい者ほど、周りにしっかりした教育を受け就職したロールモデルがまったくと言っていいほどいないため、頑張ってもモチベーションを保つことが難しいのだと思います。

日本では障がいがあっても生きがいを感じながら生活している人は大勢いますが、ここフィリピンでは生きがいすら感じられていない、報われない環境があるのです。

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現地の人と打ち合わせを行う石田さん

今フィリピンで求められてること

ーー石田さんが現在取り組んでいるプロジェクトと、今後の展望について教えてください。

フィリピンでたった1つしかない、職業訓練および高校卒業までの基礎教育が受けられるフィリピン国立盲学校の支援を行っています。大きく2つの支援を現在検討しており、1つ目は盲学校に併設する寮の屋根の改修です。

盲学生にとって、寮の存在は絶対です。なぜなら、日本とは大きく異なるフィリピンのような交通状況の国では、視覚障がい者が白杖を使って学校まで毎日通うということは困難であり、寮がないことは、学校に通えないこととほぼイコールなのです。

現在その寮の屋根が簡易的なもののため、熱を吸収しやすく、部屋が35℃近くまで暑くなっています。ここに断熱材などを入れ、太陽の熱が伝わらないようにすることで、寮の環境改善を行っていきます。

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子どもたちが安心して学べる環境を目指して

2つ目は、盲学生の足でもある、ミニバスの購入です。現在もミニバスはあるのですが、10年の使用期限を超え、20年以上も使用しており、今にも廃車寸前のボロボロの状態です。新しいバスに買い換えることで、今後も当面使用することができるようになることはもちろん、子どもたちが障がい者向けの教育セミナーなどに参加するための移動手段など、外部と関わる機会を積極的につくっていきたいと考えています。

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バスを買い換えれば、もっと沢山の子どもたちと接する機会が作れます

今後の展望としては、マニラのような都市部だけでなく、地方における視覚障がい者を取り巻く環境もとても深刻であるため、最終的には地方の未就学児の支援もしていきたいと強く思っています。

地方での支援事業は、あまりにも未知数な事業のために助成金等が下りなかった背景もあり、まずはマニラの就学できている人たちが中退しなくて済むようにすることで、将来的に就職し活躍していく、そんな視覚障がい者のロールモデルをつくり、障がい者にも可能性はあるんだということを実例とともに示しながら、地方へ事業を展開していきたいと思っています。

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同じ仲間たちのために私ができること

ーー最後に、石田さんがこれほどまで強い信念をもって活動をされている源は何なのか、ぜひ教えてください。

一番は、他人事ではなく、同じ障がい者という仲間意識があることかなあ、と思います。生まれた環境が違うだけでこんなにも差があること、これは先進国と途上国の比較でよくいわれることですが、障がい者に関していえば、もっともっとその差は大きいように感じます。私だって、フィリピンで生まれていたら足し算も引き算もできなかったかもしれません。

また、これまで私は日本で多くのボランティアの方々にサポートしていただきました。大学受験の際には、赤本や参考書を無償で点訳していただいたり、日本にいるからこそ、恵まれた環境で教育を受けてくることができました。そんなサポートに感謝し、恩返しをするためにも、フィリピンの視覚障がい者の支援をするという今の自分の目標を全うしていきたいと思っています。

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日本で受けた恩を、フィリピンへ届けていきます

最後に、私が全盲のNPO職員であるという点でいえば、視覚障がいのあるNPO職員でも、途上国でのプロジェクトを成功させたという実績をつくり、日本にいる障がい者の将来の選択肢として国際協力があるということも示せたらいいなと思っています。

「障がいがありながら、途上国駐在なんてありえない」そう思われていた40,50代で国際協力の世界に進めなかった先輩方の分も、これからはどこに生まれても障がい者が生きがいをもって暮らしていける未来をつくっていければと思っています。

(インタビュー終わり)

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『VOYAGE PROGRAM』での挑戦

『VOYAGE PROGRAM』は、国際最大規模のクラウドファンディングサービスを手がけるREADYFORが新たにはじめた国際協力活動応援プログラムであり、フリー・ザ・チルドレンは第2回参加団体に選出されました。

石田さんたちは「障害者の可能性を閉ざさない フィリピンたった1つの盲学校の挑戦」というプロジェクトの成功に向け、現在活動資金を集めています。


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