「誰もが将来の可能性をあきらめないで未来へ進める、そんな世界を作り上げていきたい」
カンボジアで出会った物売りの少女に出会い、自分の作り上げたい世界がわかったと語る古波津大地さん。大手総合商社を退職して、「最高の授業を世界の果てまで届けよう!」というミッションを掲げるe-Educationに参画した理由を伺いました。
「あの時不合格になってよかったなあ」
一度採用選考で落ちたにも関わらず、もう一度挑戦して採用を勝ち取った古波津さん。いったい何が彼を突き動かし、現在どんなことに取り組んでいるのか?
過去から今、今から未来へと繋がる古波津さんの挑戦、そして素顔に迫ります。
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初めての途上国、そこで出会った女の子
ーー古波津さんはもともと海外出張の多い企業で働いていたと伺ったのですが、昔から海外に興味があったのでしょうか?
高校時代から英語が大好きでした。新しい表現を覚えるたびに自分の知らない世界が広がった気がして、沖縄の外に広がる世界へ憧ればかり強まっていきました。あ、僕沖縄出身なんです(笑)
高校3年生でカナダに留学した経験や、大学時代に英語ディベートを通じて国内外の大会に参加した経験から、物事の側面を多用な視点で捉えることの大切さと、異文化理解の面白さを感じました。
そして世界のいろんな人と仕事がしたいと思って商社に就職し、中国やシンガポールなど海外を飛び回りました。でもある時、壁にぶつかったんです。
「これって、本当に自分がイメージしていた仕事のやりがいなんだろうか」
現状を変えたいと次第に思うようになり、長期休暇を利用して途上国に行くことを決めました。
ーー社会人になってから途上国に行ったんですね。どんな経験をされたのですか?
社会人2年目の夏にバックパックで初めてベトナムとカンボジアに行きました。特に印象的だったのが、カンボジアで出会った女の子。僕を見つけると日本語で「こんにちは!」と話しかけてきました。中国人には中国語、欧米人には英語を使って、物を売っていたんです。
驚く僕に、「あなた英語も話せるのね!学校の先生なの?」と目を輝かせていました。学校に行けなくても、学びの機会を欲しているのが一目でわかりました。
「何かできることはないだろうか」と考え、彼女に少しの間英語と日本語のレッスンをすることを決めました。ただの自己満足かもしれないけど、彼女が嬉しそうに学んだばかりの言葉を復唱している姿は今でも忘れられません。学校へ通えること、友達を作ること、将来どのような職業に就くか選ぶこと。今まで当たり前に感じていたことがどれだけ特別なことだったか、その大切さに気づきました。
一人でも多くの「学びたい思い」を無駄にしたくない。誰もが将来の可能性をあきらめないで未来へ進める、そんな世界を作り上げていきたいと決心しました。
不合格の悔しさを乗り越えて
ーー古波津さんは一般企業を辞めてNPOに転職しようと思うまで、どんな気持ちの変化があったのですか?
カンボジアから帰国した後も、何かできないかっていう思いでもやもやしていました。翌年の夏にはもっと実践的な経験をしようと思い、バングラデシュのグラミン銀行のスタディツアーに行きました。
実際にグラミン銀行が融資をしている人たちの村に行って、村の人からグラミン銀行の支援があることによってどういう風に生活が変化しているかを聞くことができました。
社会的な取り組みをしている組織が地域コミュニティにもたらすインパクトを肌で感じることができて、そういうものに自分が関わっていくことが何かの方法でないかなっていうのを模索し始めた社会人三年目でした。
その冬に初めてe-Educationのイベントに参加したんです。強い思いを持った人たちが各国で苦闘しながらも、少しずつ世界に変化を生み出していっていることに、心が熱くなりました。
特に創業者の税所篤快と僕は同い年なので、親近感もありました。カンボジアで会った女の子に教育を届けられたら、ともやもやしていたものを、この人たちは各国で実現しようとしていること、教育をあきらめてしまう子たちに対して手を差し伸べようとしているこのこの活動を、すごく応援したいと思いました。そこからマンスリーサポーターになったんですけど(笑)
ーーマンスリーサポーターからe-Educationに関わっていたんですね(笑)そのあと職員になったのですか?
それが社会人三年目の冬で、二月に職員募集があったんです。それに応募したんですけど、一度目の応募は不合格でした。
いろんなものが足りなかったんです。途上国でプロジェクトをやった経験もなければ、教育をやってきたわけでもないし、映像制作の経験があるわけでもない。ベトナムやカンボジア、バングラデシュに行ったけれどそれぞれ1週間の経験でしたし。自分は団体にこういう風に貢献できるっていうのがないまま応募してしまったので、その不合格をきっかけに、自分ができることを増やしていこうと思ったんです。
本を読んだり、イベントや講演会に行ったり、准認定ファンドレイザーの資格を取ったりしました。そしてその後二度目の職員募集で合格することができました。一回目の不合格は、自分が足りてない力をまざまざと見せつけられた機会でした。その悔しさがなかったら、あそこまでにはならなかったかな。あの時不合格になってよかったなあ(笑)
夢を持つ子どもたちを応援したい
ーー現在のプロジェクトについて教えてください。
今回のプロジェクトエリアであるミャンマーのパレワという地域は電力がほとんど届いていなくて、一日に一時間くらいしか電気が使えません。そこに、電力とe-Educationの映像教育を届けて、子どもたちの可能性をきりひらいていきたいと思いました。
その中でソーラーパネルを選んだ理由は、前職の商社で3年以上太陽光の事業に関わっていたからです。商社で働いていたときから、途上国を見ていたので電気がない地域に住んでいる人たちの生活を向上できるような事業を運営したいと思っていました。会社でも提案をしたんですけど、営利企業なので、利益の見込みがない途上国での事業になかなか乗り出せず、実現できずに悔しい思いがずっとありました。
今回このプロジェクトを始める時に、パレワという地域は電力が乏しく人々の生活も厳しいことを知って、当時の悔しい思いをここで果たしたいと思いました。太陽光パネルで電力を提供して、その電力を使って映像教育で子どもたちが良質な教育にアクセスできるようにして、その子どもたちがコミュニティのリーダーになるというサイクルを作りたいなと思っています。
パレワでは、高校卒業試験の合格率が3%しかありません。ここにいる子どもにとって試験に合格することは奇跡に近いんです。親も合格することを望んでいない、というか学校に行けていればいいか、くらいしか思えていない。それは、親たちも高校卒業試験に合格をして、その後大学に行って教育を受けて、いろんな学びの中から自分の興味のある将来の仕事を選んだり、大学に行って出会った人と生まれるつながりで将来の夢を描いていくっていう機会を持ってこなかったから、それを実現したことによるメリットを親自身が感じていないんです。
子どもたちは合格するために、本当に朝早くから夜遅くまで勉強しているけれど、勉強の仕方がわからないので効率が悪かったり、先生の数も十分ではなくて、専門外の科目を教えなければいけないので教育の質は低いです。
ミャンマーの高校卒業試験は6科目あって、それぞれで40点以上とらないと不合格になってしまいます。6科目の専門の先生が必要なのに、学校に先生が二人しかいなかったりして、英語の先生が化学を教えたり数学の先生がミャンマー語教えたりという状況です。こういう状況を、みんなが当たり前のようにきちんと教育を受けて夢を描いて実現できるように、映像教育の力で変えていきたいです。
良かったらぜひ応援よろしくお願いいたします!
『VOYAGE PROGRAM』での挑戦
『VOYAGE PROGRAM』は、国際最大規模のクラウドファンディングサービスを手がけるREADYFORが新たにはじめた国際協力活動応援プログラムであり、e-Educationは第2回参加団体に選出されました。
e-Educationは「映像で灯す未来、ミャンマーの秘境へ『最高の教育』を届けたい!」というプロジェクトの成功に向け、現在活動資金を集めています。
応援したい方・関心のある方はぜひプロジェクページをご覧ください!
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