スタッフコラム | トジョウエンジン https://eedu.jp/blog 途上国のイメージを豊かにするノンストップ・デイリーマガジン Wed, 18 Oct 2023 09:41:29 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.6.15 もっと現地に寄り添いたい。でも家族との時間も大切にしたい。そしてたどり着いた選択肢(猪瀬絢子) https://eedu.jp/blog/2019/11/01/inose_origin/ https://eedu.jp/blog/2019/11/01/inose_origin/#respond Thu, 31 Oct 2019 22:59:56 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=49484 こんにちは!2019年4月よりe-Educationに参画した猪瀬絢子です。 学生時代から国際協力に携わり、留学という海外経験はないものの、一般企業を経て、想いを持ち続けることで念願のNPOスタッフとして働くことになりま […]

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こんにちは!2019年4月よりe-Educationに参画した猪瀬絢子です。
学生時代から国際協力に携わり、留学という海外経験はないものの、一般企業を経て、想いを持ち続けることで念願のNPOスタッフとして働くことになりました。
今日は私がe-Educationの仲間になるまでの道のりを紹介させてください。

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バングラデシュへの想い

もともと世の中の不平等に興味関心のあった私は、世の中のリアルがどうなっているのかを知りたいという気持ちから、大学生になるとともに国際協力の世界に飛び込みました。

ゼミでは模擬国連でマクロな国際社会を体感し、友人の紹介で出会ったNGOの学生ユースチームでは草の根レベルの国際協力の世界を疑似体験することから始まりました。

そのNGOが長年バングラデシュを支援していたことから、自然とバングラデシュの話を聞く機会が増え、NGOのユースチームの活動を始めて1年足らずで、まだ見ぬ“途上国・バングラデシュ”への気持ちが膨らみました。

そうして、大学2年生になる直前の春休み、そのNGOが主催する“中高生スタディーツアー”に引率ボランティアとして参加することとなったのです。

10人の中高生と共にいざバングラデシュへ

空港に降り立った瞬間に「何この臭い!?この湿気!?」と感じたあの衝撃は今でも思い出せます。

そこからはいく先々で、まるで映画スターにでもなったかのようにバングラデシュの人たちから好奇な視線を浴び、すぐに人だかりができるという状況での10日間でした。

外国人は当時、首都のダッカでも珍しかったのでしょう、とにかく目立ったことを覚えています。

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スタディツアーで農村の民家を訪問した

今でも答えられない、あの質問

ツアーでは、車に揺られて向かった農村部でそのNGOが行う活動を見学し、裨益者(村民)の家庭も訪問させていただきました。

そこは、お世辞にも現代の日本ではもう見られない、言葉を選ばずに言えば“ほったて小屋”とも言える簡素な作りの家。

それでも外国からお客が来るから、とスナック菓子やフルーツ、彼らにとっては高級品であるスプライトジュースを用意してくださり、ありったけのおもてなしをしてくれました。

そこの家族と交流する中で、母親である女性が私に聞きました。

(女性) あなたは仕事をしていますか?
(私) 学生ですが、アルバイトをしています。
(女性) 月いくら稼いでいますか?
 ・・・(言葉に詰まる私。それでも引率のNGOスタッフが言っていいよ、と背中を押してくれたので答えました)
(私) 7万円です。
(当時の農家の月収が3千円程度と聞いていたので答えるのを躊躇したのです。)
(女性) どうしたら私たちはあなたのようになれますか?(日本が)どうやって発展し裕福な国になれたのか教えてください。
 ・・・(再び沈黙)

私はここから、うまく答えることができなくなってしまいました。

どうしてこんな恵まれた環境にいられるかなんて今まで一度も考えたことはありませんでした。

正確には、微力ながら国際協力に関わるようになって、ぼんやりと考えてはいたかもしれません。でも、ここまで状況の異なる人から直接指摘されたことは、私の中でとても大きな衝撃でした。

その家庭からの帰り道、悔しさと情けなさと、やり場のない気持ちが交錯して涙が止まらなかったのを覚えています。

たまたま日本に生まれたというだけで、これまで衣食住、何も困ることなく暮らしてきた自分。教育を受けられるのも当たり前。

戦後、たくさんの日本人の努力があって復興し、経済大国となったのは日本だけど、別に私が頑張ったからでも努力したからでもなんでもない。どうしたらいいかと聞かれても、やり方なんてわからない、そんなことが頭の中でぐるぐると回っていました。

そうした衝撃的な家庭訪問とともに私の初・途上国体験は幕を閉じました。

一般企業への就職から6年、NGOへの転職を決意

それからも国内で国際協力のボランティア活動を続けた後、大学卒業後はまずは世間一般的な経験が必要では、と考えて一般企業へ就職しました。転勤先の和歌山で、休日を利用してチャリティーコンサートやチャリティーフリーマーケット、講演会などを行ったりもしましたが、やはり自分はもっと直接国際協力に関わっていきたい、との気持ちが抑えきれなくなり、転職する決意を固めました。

現地に行ったこともほとんどなく(最初で最後のバングラデシュ・スタディツアーのみ)、留学経験もない私だけど何か考えよう、と動き出しました。

すると不思議なもので、絶対に難しいと思っていた学生時代に携わっていたNGO(社会人になってからは会員として応援していました)に空きができる、との情報を聞きつけ早速応募したところ、ご縁あってそこで働くこととなりました。

そこではフェアトレードの卸販売の営業を担当しました。国際協力と言っても国内でできる仕事も多々あり、卸営業という意味では企業様相手の仕事がメインでした。

その他、その団体が東日本大地震の復興支援も始めたことから、1年間福島県いわき市に駐在もしました。この時は、津波・地震被災者や原発避難の方々の支援に当たる一方で、震災があったことで加速した高齢化・過疎化の問題にも直面し、国内の社会問題の根深さも痛感しました。

バングラデシュ駐在の前に立ちはだかる壁

仕事を続けていく中で、今度はバングラデシュの駐在員の話が浮上しました。当時そのNGOはバングラデシュで、家事使用人として学校にも行けずに働いている少女たちの支援や、洪水・サイクロンが頻発する地域での防災活動、先住民族の子どもたちの就学支援を行なっており、関心のあるプロジェクトばかりが走っていました。即答できるほど行きたい!と思ったのですが、一つ大きな壁がありました。

それは私の両親です。

途上国=危険な地域、衛生的でない場所、という認識が強かったこともあり、一人娘がいくのをどうしても許してくれませんでした。

しかし、お手上げ状態となった私の救世主となったのは夫でした

当時結婚してまだ1年足らずではありましたが、私のやりたいことだから1年なら、と駐在へ行くことを快諾してくれた夫は、その後私の両親の説得もしてくれたのでした。そうして、両親は、快諾とはいかないまでも渋々了承してくれました。

よく、「結婚すると自由がなくなる」と言う方もいますが、私の場合は結婚したことで夫というサポーターを得ることができ、より一層キャリアが広がりました。

それから1年間、駐在中はバングラデシュの都市部・農村部双方を周り様々な経験を積むことに。現場経験のなかった私は日本から出張してくる先輩方やローカルスタッフから教えてもらうことばかりではありましたが、とても貴重な時間を過ごすことができました。

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バングラデシュ農村部の女性たちと

地方の農村部へ行けば、都市部との格差は一目瞭然なほどに明らかですし、義務教育の就学率が上がったとは言え、退学してしまう小学生も多いのが現状です。また、高校や大学を卒業できても人口増加が著しいバングラデシュは就職先を見つけるのは至難の技です。GDPなどの経済指標で見ると急成長を遂げているバングラデシュですが、その分とり残されてしまう人たちと富裕層の格差は広がるばかりです。

任期を終えた私は後ろ髪を引かれる思いで帰国しました。

それからまた国内業務についたのですが、現地で出会った優しい人々と、未だ解決の目処が立たない課題の数々が忘れられず、バングラデシュに対する想いは募る一方でした。

結婚から3年、家庭との両立も考えたい

モヤモヤした気持ちとともに日本での仕事に戻った私は、人生の迷路に入りました。

もっと現地に寄り添いたい。でも家族との時間も大切にしたい。どうしたら良いのか。

そこで出した結論は、一旦休む、でした。そう決めるまでにそれほど時間はかかりませんでした。

休むと言っても、次の道を探すための猶予期間と考えていたので、自分でバングラデシュと日本を行き来しながらどんなことが自分に何ができるか考えようと思っていました。そうして6年務めたNGOを退職しました。

それから自分でバングラデシュと日本を行き来しながら次の道を模索し始めたところ、偶然にも出張ベースで現地と関わるe-Educationの仕事と出会いました。

しばらくどこかの団体に所属することはせずにいようと考えていた私ですが、e-Educationの職員採用の募集要項を見ればみるほど仕事内容や働き方が、まさに今の私の求めていたもので、応募を決めるのにほとんど時間はかかりませんでした。

これまで勤めていたNGOの駐在時は家事使用人として働いている少女が学習できるようサポートする事業に携わっていましたが、e-Educationでは今度は大学受験を目指す高校生の支援。

対象は異なるながらも、農村部に暮らし予備校へ通えるだけの経済的余裕がない生徒たちをサポートするということ、同じ教育という現場であるということから、ほとんど迷いはありませんでした。また、現地駐在ではなく出張ベースで現地と関わりながら働ける、ということも既婚者としてはとても良いスタイルでした。

バングラデシュで出会う多くの刺激

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農村部で大学進学を目指す少女たちと

こうしてe-Educationの一員となった私は、晴れてバングラデシュ担当となりました。

e-Educationのバングラデシュの現地パートナーは、急成長中の団体で優秀な方も多く、共に働く上で刺激をたくさんもらいます。

また、e-Educationが農村部で展開する教育支援の現場には家庭の経済的事情からこれまで大学進学など考えたことがなかったという少年や、家庭は貧しくないながらも宗教上や治安上の理由から都市部の塾へ通うことが叶わずにいた少女に出会いました。彼ら彼女たちは自分が今いる場所でできる最大限の努力をしながら、輝く未来を信じて大学進学を目指しています。

こうした素晴らしい人々と共に未来へ向かう仕事、これ以上の天職はないと思います。

e-Educationで働くおもしろさ

バングラデシュのパートナー団体代表の来日時にインターンやスタッフと

現地で受ける刺激もさることながら、e-Educationの魅力のもう一つはそのメンバーにあると思います。少数の職員は皆、見事にバックグランドが様々でかつ個性的。

そして特にお伝えしたいのは、現地および国内で私たちと共に働くインターンの存在です。大学生である彼ら彼女たちからもらう刺激は、仕事をより一層深みのあるものにしてくれます。時にはお姉さん的立場で接することもあれば、また別の時には、初めてバングラデシュに行った頃の純粋でまっすぐな気持ちや、就職してすぐの頃の初心を思い出させてくれる貴重な存在となっています。

e-Educationでは、バングラデシュの他にもフィリピンやネパール、ミャンマーなどで活動を展開しており、そうした意味ではここでは語り尽くせない仕事のやりがいがその国の数だけあります。そして現在私たちは、こうした職場で一緒に働いてくれる新たなに仲間を募集しています。
長くなりましたが、この投稿を読んで少しでも興味関心をお持ちいただいた方がいましたら、職員・インターン一同、ご応募心よりお待ちしています!

正職員採用の詳細を見る »

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e-Educationのスタッフ一同

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生まれた環境に関わらず誰にでもチャンスがある社会を作るために、一緒に一歩を踏み出してみませんか(水溜 智士) https://eedu.jp/blog/2018/11/24/mizutamari_origin/ https://eedu.jp/blog/2018/11/24/mizutamari_origin/#respond Sat, 24 Nov 2018 07:47:57 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=48242 みなさんこんにちは。2018年5月からにe-Educationに参画した水溜智士です。 途上国のために何かしたい。 本当はやってみたいけど、今の仕事を続けるだけで良いんだっけ。 最初の一歩としてどうやって関わったらいいか […]

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広報ファンドレイジング担当職員 水溜智士

みなさんこんにちは。2018年5月からにe-Educationに参画した水溜智士です。

途上国のために何かしたい。
本当はやってみたいけど、今の仕事を続けるだけで良いんだっけ。
最初の一歩としてどうやって関わったらいいかが分からない。

こんなことを思っている方は多いかもしれませんが、私もその一人でした。

私自身、通信キャリアのエンジニアをしながら認定NPO法人かものはしプロジェクトNPO法人a-conなどに少しづつ関わっていくことで、e-Educationの広報ファンドレイジング担当へ転職をした経験から、パラレルキャリアを過去も今もしている私だからこそ感じることを、自分の観点と照らしてこの記事で皆さんにお伝えしたいと思います。

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途上国に対する想い

私は幼い時から、ゴミ山で売れるものを探して生活している子どもなど、テレビの画面を通して感じていた不平等を無くしたいと漠然と思っていました。

また、高校生の時に自分自身が居場所について考えさせられる経験をしたため、マイノリティの方や苦しい状況にいる人の想いを大切にしたいと思うようになっていた気がします。

しかし、これが決め手とまではいかず、なんとなく父親の背中を見てエンジニアになりたい、という想いがあり、高校も大学も理系の道を歩んでいました。

そんな時、大学時代の就職活動で出会ったのがソフトバンクの社長、孫さんの新30年ビジョンのプレゼンテーション。思い返すとこれが人生のターニングポイントの1つだったと思います。

それまで、理系脳だった私、どんなシステムやサービスがあったら便利なのかと考えがちだった私には、衝撃的で打たれるものがあり、このプレゼンテーションを通して、「何のために人生を生きるのか」「人々の幸せのために何をしたいのか」と、今までの人生を振り返ることで、“悲しい時間を減らして幸せな時間を増やす仕事”を生涯やっていきたいと思うようになりました。

それからは、まずは企業で経験を積みたいと考え、インターネットを通した国際協力の可能性を模索するために初めのキャリアを歩みました。

大学院を卒業して働きながらも、ブータン、カンボジア、インドなどにボランティアをしに行きました。

幸せの国ブータンへ行く途中のバンコクでは、トランジットで1日ほど滞在していた時に訪れたナイトマーケットで一人の女の子に出会いました。すぐ近くでは屋台で売り買いする人々がいましたが、彼女の親らしき人は近くにいません。

7歳くらいに見える彼女は、木琴で色んな曲を叩いては、何度も笑顔を振りまいてお金を稼いでいました。笑顔で何曲も短い曲を叩いてはニコッとします。活気に満ち溢れたナイトマーケットを歩く中、突如出会った、私にとってほぼ初めての途上国で衝撃を受けたシーンの一つでした。

バンコクで出会った木琴で稼いでいる女の子

バンコクで出会った木琴で稼いでいる女の子

ボランティアをさせていただいたカンボジアの孤児院では、両親が交通事故で亡くなって、8歳くらいの妹と5歳くらいの弟の面倒をしながら暮らしている15歳の女の子もいました。その子は孤児院に住みながらも英語とフランス語と日本語を勉強していて、将来は学校の先生になりたいんだと話してくれました。

日本と比べると恵まれているとは言えない環境でも、妹弟の面倒を見ながら自分の夢に向かって頑張っている姿を見て、ああ、自分よりほんとに頑張ってるな、と感じましたし、孤児院を離れる時には、触れ合ったいろいろな子の顔を見て涙が止まりませんでした。

決して裕福ではない環境でも明るく前向きに頑張っている人の存在を実感したカンボジア。

日本では見ない、原付に無理やり5人乗りをする様子、大人同士での殴り合い、儀式の生贄のために血が滴るヤギの首を3つ引きずっている子どもの姿、知的障がいの子どもや死を待つ人が滞在するマザーテレサの作った施設でのボランティアなどを通して、視野が広がったインド。

牛が道路からはけるまでクランクションを鳴らさないで車で待つのが当たり前なこと、野良犬野良猫が家に来たら餌をあげる風習、隣の家の人が家に来て一緒に歌ったり踊ったりする人の温かさ、ホームステイを通して感じたゆっくりとした時の流れ、多くのことを考えさせてくれたブータン。

途上国に行く度にいつも違う風景を見て、自分の当たり前が崩れていきました。貧しい場面も見た一方、その環境でも笑顔で頑張っている人たちがたくさんいることを実感して、“生まれに関わらずチャンスがある社会”を作りたいと思うようになりました。

涙が止まらなかったカンボジア孤児院のお別れ

涙が止まらなかったカンボジア孤児院のお別れ

知った人としてできることから始めたい。

バンコクで出会ったストリートチルドレンの無邪気な笑顔。ブータンで感じた誰もが心地良くいられる居場所、人と人の温かいつながり、幸せ。カンボジアで出会った両親がいなくても、毎日弟と妹の面倒を見ながら孤児院で夢を追いかけている女の子。インドで出会った、難病や知的障がいの方を毎日無給で明るく元気にお手伝いをするボランティアの方々。

アメリカやヨーロッパももちろん行きましたが、途上国にはショッキングなことから、みんな無邪気なところ、そして、自分の当たり前が崩されること、価値観が広げられることがいっぱいありました。

決して、かわいそうとか、助けてあげるとか、という上からの目線ではなくて、文化や価値観が違うからこそお互いに学び合いたい、同じ一人の人としてできることを何でもしたい、と思うようになりました。

知った人として何か始めたい

そんな想いが沸く一方、私の場合は、通信キャリアでインターネット接続や音声通話に関するエンジニアをしており、システムやサービスを作るいわゆるIT企業とも大きく違うニッチな仕事であったため、NPOで働くにはかなりハードルがあるように当初感じていました。

でも、ネットで検索をすると色々なNPOで関わることができると分かったんです。

本業をやりつつも、NPO法人a-conという団体において複数のNPOの広報活動の支援をしたり、かものはしプロジェクトというNGOでのボランティアマネージャを通してファンドレイジングの仕事内容を伺うことで、実際に自分がNPOで広報ファンドレイジングの仕事をするイメージをつけられました。

そして、パラレルキャリアを歩めば歩むほど、社会課題を解決していく仕事のイメージが湧き、パラレルキャリアでなく、こういう仕事に100%のリソースを注ぎたいと思うようになりました。

NPO法人very50さんとのa-con協同プロジェクト

NPO法人very50さんとのa-con協同プロジェクト

一歩踏み出してみませんか?

自分が大切だと思っていること、信じていることを追求する人生を過ごしたい

私と同じようにそんなことを思う人も多いと思います。

もしかしたら保守的な生き方をしていることが、逆に自分の人生の価値観でいうと遠回りをしているかもしれません。どう生きたいかという意思を持つことが私にとって凄く大事です。

もちろん、日本の企業人にも、ソーシャル課題に関心がある人が増えてきていて、社会活動をしている人は増えてきていると思います。NPOという形だけでなく、企業の社会的事業、プロボノ、パラレルキャリアなど、関わり方は多様になってきています。

私はパラレルキャリアをやっていて良かったと思うことがあります。

それは、組織外の人から幸せをもらえることです。

前職の同僚や学生時代の友人と一緒に過ごす時ももちろん楽しいですが、e-EducationやNPOの活動に関わっている人といると、忙しい時に忘れがちな優しい気持ちや温かい気持ちの大切さを感じたり、ワクワクした気持ちになります。

これが私にとってのパラレルキャリアの魅力です。

私自身これからも、かものはしプロジェクトの社会人ボランティアマネージャ、a-conのメンバーとしても、NPO同士の繋がりを深めたり、情報をキャッチアップしたりしていきます。

ソーシャルセクターがぶつかる課題は共通していることも多いので、e-Educationで培ったことを、他のNPO組織へ還元もしていきたいと思っています。

そして、“生まれに関わらずチャンスがある社会”を作っていきたいと思います。

会社でソーシャルビジネスをする、NPOへ転職する、パラレルキャリアを始める、どんな形でも、少しでも多くの人が社会に目を向けて、少しずつ社会を変えていく人が増えたら嬉しいです。

一歩踏み出してみませんか?

一歩踏み出してみませんか?

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https://eedu.jp/blog/2018/11/24/mizutamari_origin/feed/ 0
忘れられなかった人生の分岐点。大企業を辞めてもう一度途上国の教育課題に挑戦したい理由。 https://eedu.jp/blog/2018/11/05/origin_sakai/ https://eedu.jp/blog/2018/11/05/origin_sakai/#respond Mon, 05 Nov 2018 06:14:29 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=47973 一部上場企業からNPO法人へ 従業員数2万人から職員数7人へ 人より多くもらっていた給料は半分へ それでも、変えたい世界がありました。 みなさんは人生が変わった瞬間を覚えていますか?多くの人が「自分の考えが変わった」とか […]

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学校にて

一部上場企業からNPO法人へ
従業員数2万人から職員数7人へ
人より多くもらっていた給料は半分へ
それでも、変えたい世界がありました。

みなさんは人生が変わった瞬間を覚えていますか?多くの人が「自分の考えが変わった」とか「意識が変化した」という人生のターニングポイントを持っていると思います。

僕にも人生のターニングポイントがありました。初めての海外旅行でカンボジアに行った時、音を立てるように自分の常識が崩れていき、職業観や人生観が大きく変化しました。

憧れていた企業に就職でき、やりがいのある仕事を任され、何一つ不満のない社会人生活でした。しかし、僕はどうしてもこの『人生のターニングポイント』を忘れることが出来ず、今年の3月に前職である大手教育企業を退職してe-Educationに挑戦することを決断しました。

この記事では僕が大手企業を辞めてから、なぜ従業員7人の小さなNPOに転職したかを綴りたいと思います。

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みなさんこんにちは!坂井健と申します。今年度よりe-Educationの職員として働く事になりました。実はぼく、他の職員と違う経歴の持ち主なんです。

と、いいますのも、大学生の時にe-Educationでインドネシアに行っていたからです。e-Educationを卒業した後、かねてより憧れであった大手教育企業に就職をしました。

この時は自分の憧れていた企業を退職してまで、自分がもう一度e-Educationに戻ってくるなんて夢にも思いませんでした。

大きな転換期だった海外出張

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学校の課題について話し合うフィリピンの人々

前職では海外を含めた各地への出張やプロジェクトリーダー、新規事業立案等色々なことに挑戦させていただきました。その中でもフィリピンへの出張の機会をいただけたことは大変ありがたかったです。

フィリピンでは現在「K-12」という大変大きな教育改革が行われています。今まで10年制だった学校教育に新しく2年間高校を新設することで、日本と同じ12年制にするという動きです。

僕がそこで感じたのはあまりに何も「ない」ということでした。初めて高校ができるのですから、高校のカリキュラムは「ない」し、高校内容を教えられる先生もい「ない」。

たくさんの困っているフィリピンの先生を目の前にふつふつを沸き上がるものがあったことが自分でもわかりました。

もう一度海外で挑戦したい

フィリピンのカントリーマネージャーという仕事

フィリピン出張から帰国し、日々の業務に忙殺される中、久しぶりに会った代表理事の三輪より「フィリピンのカントリーマネージャーという仕事に興味はないか」と話をもらいました。もちろん古巣ですからフィリピンでどんなプロジェクトを行っているかは、知っているつもりでした。

しかし、深く聞いていくと自分の思っていたよりもはるかに大きなインパクトが出つつあるプロジェクトに成長していて驚きが隠せません。

フィリピン政府、日本の技術を持った会社、そして我々NPOが三位一体となり、それぞれのセクターの垣根を越えてK-12を初めとしたフィリピンの教育課題の解決に取り組んでいました。

フィリピンの教育課題に対し、産官民が力を合わせ、日本の技術力を結集して解決を目指すそのビジョンに心を打たれ、大学時代に関わっていたe-Educationに戻る事を決意しました。

もう一度この世界に戻ってきた理由

最終的に僕をe-Educationに引き戻したのは他でもない『人生のターニングポイント』でした。冒頭でもお話しした通り、僕の人生のターニングポイントは初めての海外経験である、カンボジア旅行でした。

そのカンボジアでたまたま中学生くらいの子どもにアンコ−ルワットを案内してもらいました。その子は小さいながらに働いているだけでなく、5カ国語も操るそう。理由は日本・韓国・中国・英語圏の観光客が1番多いから。

カンボジアで出会った子と日本語でそんな会話をしながら、僕は今からこの子に渡すはずである1ドルを握りしめながら、自分の境遇と比べていました。

「もし僕がカンボジアに生まれたらどうだっただろう?今のように好きな事をして、大学に行って楽しく毎日遊んで授業をサボってカラオケに行くような生活を送れるだろうか?」

と自分に問いかけて見ても、返ってくる答えは決まっていました。

胸が熱くなりました。自分を本当にバカだと思いました。少しだけ勉強ができる自分は決して偉いわけではなく、たまたま日本に生まれたという環境に甘えていただけでした。

スイッチが入る音がしました。その音は人生のターニングポイントを知らせる合図でした。その子の存在は僕を国際協力の世界に向かわせるには十分でした。

「日本人にたまたま生まれてしまったことから今の自分がある。日本人に生まれたことに感謝をし、世界の発展のために少しでもこの命を、使おう

その時、そう誓いました。

マニラの空港で偶然見つけた看板が教えてくれたこと

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e-Educationに入職し、緊張しながら最初のフィリピン出張に向かう中、トランジットのマニラ空港でこんな写真を見つけました。

これを見た時に「あ、おれはこのために国際協力の舞台に戻ってきたんだ」そう思いました。

この看板には、日本のODAで建設された空港に対する日本への尊敬が表れていました。きっと何年もかけて、たくさんの関係者が多くの苦難を乗り越えながらもフィリピンの発展を願って建設をしたのだと思います。

「最近は若者が海外に行かない」最近よく聞く言葉です。フィリピンにいるとわかりますが、最近は「Are you Chinese?」と聞かれることが多いです。中国は今、フィリピン政府に対して73億ドルの融資・援助を約束していると報道されています。

今多くの支援を中国が取っている現状を見て、「僕が大人になった時、将来の若者は海外で歓迎されている時代になるのだろうか」そう自分に問いかけた時、自信を持って「YES」と言えない自分がいました。

今の日本のプレゼンスを次の世代に引き継げるように微力ながら貢献したい。それが日本人に生まれたことの使命のように感じました。前職を退職する際に、何度も悩み本当に多くの方に相談をしました。この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。

セドナ

心が叫んでいるワクワクに素直に、次の一歩を踏み出してみました。人生のターニングポイントが教えてくれた、自分自身の心のコンパス。

日本人に生まれた誇りを胸に、また世界に旅立ちます。自分の志と行動が、微力ではあるけれど、無力ではないと信じて、少しでも世界を良くするために貢献したいと思っています。

たくさんの人に途上国を体験してほしい!

VR×国際協力アイキャッチ

僕はカンボジアが原体験でした。カンボジアで出会った青年、景色、そこから感じるパワーが僕の人生を大きく変えました。途上国にはそれだけの魅力が溢れています。

人の人生を変えるほどに魅力があふれる途上国。この途上国をたくさんの人に体験してほしい。そのために今回VRでネパールを体験できるコンテンツを作成するためのクラウドファンディングに挑戦しています。

ネパールはアジア開発銀行で「アジア最貧国」と言われています。恐らくこれを読んでくださっているあなたもネパールに行ったことはないのではないでしょうか。「アジア最貧国」と聞いて何をイメージしますか?「大変そう」「可哀想」でしょうか?

違います。そこにはたくさんの笑顔と誇り、そしてネパールでしか味わうことのできない文化や絶景があります。

僕はこのネパールの良さをVRで誰でも体験できることを通して、途上国を好きになってもらい、実際に足を運んでみる人を一人でも増やしたい

そしてそんな人たちが一人でも増えたら、きっとマニラの空港にあるように日本の尊敬を取り戻すことができると思っています。

一つの映像しか見えない動画とは違って、一人一人その時その時で見る景色が変わる自分にしか味わえないVR体験を通して、途上国を身近に感じてもらえる世界を創りたいです。

クラウドファンディング終了まであと10日。

クラウドファンディングは、目標額に1円でも達しなければ、すでにみなさまからいただいている40万円を超える大きな応援を受け取れなくなってしまいます。

どうしても、ネパールのリアルと魅力を誰もが体験できる世界を創りたい。

みなさまの応援を力に最後までがんばりますので、どうか皆様の応援をよろしくお願いします。

クラウドファンディングを応援する »

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https://eedu.jp/blog/2018/11/05/origin_sakai/feed/ 0
「GCMP」事業譲渡が、NGOのイメージを豊かにすると信じて https://eedu.jp/blog/2017/12/31/gcmp_history/ https://eedu.jp/blog/2017/12/31/gcmp_history/#respond Sun, 31 Dec 2017 09:00:00 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=46337 皆さんこんにちは、e-Education事務局長の薄井です。今年もトジョウエンジンを応援いただき本当にありがとうございました。 私はこれまでe-Educationの活動と並行して、人材育成事業を行う「合同会社GCMP」の […]

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皆さんこんにちは、e-Education事務局長の薄井です。今年もトジョウエンジンを応援いただき本当にありがとうございました。

私はこれまでe-Educationの活動と並行して、人材育成事業を行う「合同会社GCMP」の代表を務めてきました。

12月4日発表のニュースリリースの通り、世界で活躍するチェンジメーカーの輩出を目的とした「GCMP(Global Change Makers Program)」事業をe-Educationへ譲渡し、新しい組織のもとで事業を展開してまいります。

【e-Education代表・三輪からのお知らせ】
新事業「GCMP」の開始と事業譲受に関するお知らせ

2017年最後の更新となるこの記事では、e-Educationの新事業「GCMP」の歴史とこれからの展望についてご紹介します。

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① GCMPの歴史

①-1. 誕生(2009年)

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第1回バングラデシュフィールドワークでグラミン銀行のユヌス総裁と面会

GCMPは2009年に当時大学3年生だった友人4人で立ち上げた学生組織です。団体発足のきっかけは、バングラデシュのグラミン銀行を紹介する1冊の本でした。

マイクロファイナンス(小口金融)を通じて貧しい女性の自立を支援しているグラミン銀行の取り組みを知り、「ビジネスを通じた社会貢献」つまり「ソーシャルビジネス」という領域に、当時大学生だった私たちは強い興味を抱きました。

そして、課題先進国と言われる日本にこそ、課題解決に取り組み周囲にもプラスの影響を与えるような主体(=チェンジメーカー)が求められていると確信し、グラミン銀行グループとのパートナーシップのもと日本の学生をバングラデシュに派遣するプログラムを作ろうと決めたのです。

①-2. GCMP第1フェーズ(〜2011年)

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創業期にチームを牽引したメンバー(左から関根、三好、税所)

2009年から毎年夏と冬の計2回、1週間から3週間ほどのバングラデシュフィールドワークを開催しました。教育や健康などのテーマ別にチームを作り、エクラスプール村という首都ダッカから船で4時間ほどの距離にある農村に滞在しながら、ニーズ調査や課題分析、ソーシャルビジネスプランの検証などを行いました。

最終日にはグラミン銀行本部で、NGO職員や現地の経営者の方々へ英語でのプラン発表を行い、その実現可能性を吟味しました。

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グラミン銀行本部でのプレゼンテーション

短い滞在期間のため、即実行に移せる完成度のプランをチームとして作り上げることは困難でした。それでも第1回プログラムで教育チームのスタッフを務めた税所は、GCMPから独立して翌年e-Educationプロジェクトを創業し、また、第2回プログラムの社会人参加者である佐竹右行さんは、もやしの原料を栽培する農業プロジェクトをグラミン銀行と合弁で立ち上げるなど、バングラデシュに貢献する目に見える成果が生まれました。

構成スタッフは全員学生でありながらも意欲のあるメンバーに恵まれ、順調にプログラムを重ねていきました。団体発足からの3年間で、延べ100人を超える学生と社会人がバングラデシュへ飛び立ちました。

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GCMP第1回大同窓会の集合写真

①-3. 組織瓦解、再始動(2012年)

スタッフの加入と卒業を繰り返しながらGCMPの活動は継続していました。しかし、団体のミッションと活動内容の調和の難しさや、人手不足や金銭面での不安定さなどを常に抱えていたのも事実です。

「学生団体3年寿命説」などという言葉もありますが、これはどんな学生団体でもぶつかるであろう壁です。GCMPも2011年ごろにトラブルや不運が重なり、もう翌年は団体が続けられないという状態にまでなってしまいました。

ほぼスタッフもおらず実質的に活動が停止している状態だという話が耳に入ったとき、私はすでにGCMPの運営から離れて1年が経ち、国内の教育系企業に就職していました。

OBOGからは継続を希望する声が届き、そして何より、自分達が大切にしてきた活動や理念が「学生が始めたものなんて所詮そんなもんだ」という一言で片付けられてしまうような気がして、当時の私にはどうしてもそれが簡単には受け入れられませんでした。

ならばせめて、自分が働きながらできる範囲でプログラムの企画運営を続けていこうと決めました。自分にできることがあればと、初めて代表に就任した当時、GCMPへのコミットを続けてくれたスタッフはたったの2人だけでした。

①-4. GCMP第2フェーズ(〜2014年)

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代表就任後初のプログラムでの住民ヒアリングの様子

私が代表を務めるにあたり決めていたことがあります。それは、できることはできる範囲でやるし、できないことは無理にはやらないということです。

極論を言えば、「代表者」と「団体のウェブサイト」さえ維持すれば、「団体のミッションとブランドの消滅は避けられる」という感覚を頭の片隅に置きながら、その時々の最善手を絞り出し続けました。

まずはじめに団体を法人化し、バングラデシュのプログラムへの企業スポンサーを獲得。参加を希望する学生の金銭面のハードルを下げることに尽力しました。

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スポンサー企業での帰国報告会

しかし予期せぬ事態は続くもので、その翌年には現地の政情不安のためバングラデシュのプログラムが開催できなくなってしまいました。

そんな時も「拾う神あり」で、同世代のメンバーが活躍しているNPO法人SETとのご縁があり、バングラデシュに代わる国内のプログラムとして、陸前高田市の被災地フィールドワークを共催で実現することができました。

被災地レクチャー

津波被害のあった場所でレクチャーを受ける(第1回陸前高田フィールドワーク)

② “GCMP第3フェーズ” ひとつの役割を終えて考える「次の役割」

②-1. フィールドワークに代わる価値創出の模索

団体が発足した2009年ごろは、大学生が途上国へ渡航すること自体が非常に珍しく、そのチャンスも限られていました。そのため第1回プログラムでは16人の募集枠に100人を超える応募がありました。

しかし、類似プログラムが増加し、また途上国に関する情報も増えて渡航することのハードルが下がってきた今、短期のフィールドワークのみを続けることにどの程度価値があるかという疑問が年々大きくなりました。

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バングラデシュの農村地域でトーカイ(ゴミ回収者)へのヒアリング

そこで、これまでのフィールドワークを通してビジネスモデルが練られてきたバングラデシュの農村における環境改善プランに着目しました。そのプラン実現を目指し、GCMP初の複数年プロジェクトとして挑戦することに決めたのです。

この環境プロジェクトは、ブリヂストン社と早稲田大学が設立した連携研究プロジェクト「W-BRIDGE」の助成事業採択を受け、海外事業の優秀事例にも選出されました。他の助成も含め、2年間の協働でおよそ450万円の予算をかけ、400世帯を対象としたゴミの分別回収システムの導入と現地学校と協力しての環境教育推進を行いました。

現在は、早稲田大学政治経済学術院の野口教授の指導のもと、環境プロジェクトを通じた社会的インパクトを「人的資本」「社会関係資本」という切り口で分析し、論文として正式に対外発信していくことを計画しています。

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W-BRIDGE成果報告を兼ねたシンポジウムを早稲田大学で開催

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シンポジウム後の懇親会にて。前列左から早稲田大学・野口教授、W-BRIDGE・青木様、帝京大学・山本教授、財務省・池田先生

②-2. 成熟していく「ソーシャルセクター」に投じたい一手

GCMPの事業譲渡は、e-Education代表の三輪と2014年ごろから議論検討をしてきました。当時テレビで特集されたり書籍の出版も続いていたe-Educationも、GCMPと同じように金銭的・人員的に余裕はまったくなく、新代表の三輪がほぼ1人で必死に切り盛りしている状態でした。

応援してくださる方や参画している学生メンバーも非常に近いコミュニティーであり、経営合理化の意義が大きいことは間違いありませんでした。調べてみたところ、国内のNPO/NGOにおいて合併や買収などの事例は体系として整理されておらず、どのような形で連携ができるのかも全てが手探りでした。

私は2015年5月にe-Educationの事務局長、すなわち三輪が代表を務める組織の「一従業員」となりました。それと同時に、GCMPの活動に三輪がプロボノとして参画し研修講師を務めるなど、2つの法人がそれぞれの活動を続けながら、緩やかな連携をとっていきました。

その「準備期間」を経て、事務局機能の統合と両ブランドの相互発展、そしてそれによる社会的インパクトの最大化が見込めると判断し、今回の事業譲渡へと至りました。

③「新生GCMP」で描く未来

③-1. チェンジメーカーって何?

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チェンジメーカーという言葉は、渡邊奈々さんや勝間和代さんなど著名な方の書籍で使われ、そのイメージも多様でした。そのためGCMPでも「チェンジメーカーの定義」を明確にしようと話し合いの場があり、2012年頃から同じ定義を使用しています。

チェンジメーカーとは、
○大小かかわらず、国内外の諸問題解決にイキイキと挑んでいる人。
○その姿が周囲の人々にワクワクを届け、新たな挑戦を波及的に生み出していく存在。

定義は、一種の「価値観」です。
情熱を注ぎ取り組む社会課題は、国内でも海外でも優劣はありませんし、そしてそのアクションの大きい小さいにも優劣はありません。

むしろ大切にしたいのは、その取り組みを良い表情でしているのか、そしてその取り組む姿勢によってどれだけの人の気持ちに変化を生み出せたのかという点なのです。

③-2. 誰もが誰かのロールモデル

だからこそ、チェンジメーカーの輩出という大きなミッションとセットで、段階を意識した取り組みを持ち合わせたいと思っています。

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長期インターンとしてフィリピンに赴任している中川(右)と現地教育局のジョジョさん(左)

新生GCMPの生命線は、単身で途上国の現場に長期で入り込み「プロフェッショナル」として活動する経験を提供する「海外長期インターンシップ」です。

これは、2010年からの継続的な活動の実績、現地パートナー、フィールドが揃っているe-Educationだからできるプログラムです。

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第1回ネパールフィールドワークの様子

一方で、いきなりその環境に挑むのは難しいという人は、「海外短期フィールドワーク」という従来のGCMPのノウハウを生かしたプログラムが選択できます。興味や志が似た仲間と繋がり、ともに途上国を経験することで、それをきっかけに次のアクションへ進んでいってもらいたいと考えています。

上記の2つのプログラムを積み重ねていくことで追求したいのが、「誰もが誰かのロールモデル」という裏テーマです。

そこで、GCMPのウェブサイトには「チェンジメーカー・インタビュー」というページを設け、更新しています。

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ラオスでのインターンを終えて、帰国後に地元群馬で地域交流の取り組みを始めた高木

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ネパールでのインターンを通じて自分のやりたいことがより具体化し、「サイエンスの楽しさを伝える」に取り組む中尾

途上国へ行く人が偉いわけでは決してありません。
こうしたインタビューを読み、刺激を受け、「自分の地元でもこんなことができそう」と挑戦してみたり、「自分でできることがあればこの人の活動を手伝いたい」とメールを送ってみたり。そんなワクワクの連鎖が生まれていき、日本中、そして世界中に大小さまざまな”Change Make”が溢れてほしいと願っています。

③-3. 境界線をじわりじわりと溶かしていく

これからの時代は、「企業とNPO」の境界が曖昧になっていくのと同様に、「インプットとアウトプット」や「先進国と途上国」、さらには「自団体と他団体」の境界も曖昧になっていくのではないかと思っています。

2018年3月のネパールフィールドワークは、京都外国語大学との連携が決まり、正式な単位認定プログラムとして実施されます。こうしたセクターを超えた取り組みは、GCMPの可能性をますます広げてくれます。

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京都外国語大学で講演やプログラムの説明会を実施

例えば今後、e-Education以外の企業インターンも取り扱う「途上国インターンプラットフォーム」も実現できるかもしれません。また、途上国の大学生が日本の社会課題の現場へ訪問するフィールドワークも「新生GCMP」なら実現が可能です。

GCMPはセクターを超える、すなわち境界を積極的に溶かしていく力を秘めています。中長期的に、何かしら明確な課題を解決するための存在というよりは、目に見えない価値を創造していくことに真摯な存在でありたいです。

④終わりに

GCMPの事業譲受後も、NPO法人e-Educationの最大のミッションは「最高の授業を世界の果てまで届ける」であり、これからも変わりません。

ただし、このブログメディア・トジョウエンジンの運営を通じて「途上国のイメージを豊かにする」を実現し、GCMPを通じて「チェンジメーカーの輩出」も追い求める、そんな欲張りな組織として、過去の自分たちを超えるための挑戦を続けていけるチームでありたいと思っています。

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株式会社と違い合併や買収の事例はほぼ無いNPO業界で、大切なのはそれぞれのビジョンやミッションです。

両団体の代表同士でビジョンやミッションの親和性の高さを確認し、複数年の計画を立てて丁寧に実現した今回の事業譲渡。ここを震源としてソーシャルセクターの新しいうねりへと育てていくためにも、これからますます貪欲に成果志向で歩みを続けていきます。

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GCMP創業メンバー(左から薄井(筆者)、米瀬、三好、税所)

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プロのアナウンサーに学ぶ「仕事と人生が楽しくなる考え方」 国際協力NGOの脱力系事務局長がオススメする書籍『逃げない力』 https://eedu.jp/blog/2017/11/10/usui_books04/ https://eedu.jp/blog/2017/11/10/usui_books04/#respond Fri, 10 Nov 2017 02:32:42 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=45501 みなさん、こんにちは。e-Education事務局長の薄井です。 前回の記事では、途上国支援の取り組みが「先進国による押し付け」になってしまわないよう意識すべき姿勢をご紹介しました。 今回も引き続き、なかなかイメージしず […]

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みなさん、こんにちは。e-Education事務局長の薄井です。

前回の記事では、途上国支援の取り組みが「先進国による押し付け」になってしまわないよう意識すべき姿勢をご紹介しました。

今回も引き続き、なかなかイメージしずらい「国際協力NGOの国内業務」を解説しつつ、現在の仕事に役立っているなと感じたオススメ書籍をご紹介していこうと思います。

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言葉で伝える仕事

私は2015年5月にe-Educationの事務局長に就任し、各国を飛び回りプロジェクトを推進する職員たちを支える「自称・東京お留守番係」として業務に取り組んできました。

「東京お留守番係」ではありましたが、スタッフ6名の小規模NGOであるためとても「オフィスお留守番係」ではいられず、振り返ってみますと様々なシーンで組織や活動内容についてお話をする仕事を担当してきました。

NPO/NGOスタッフがお話をさせていただく機会としては、支援者の方々へ向けた成果報告や、採用や研修での事業説明に加えて、以下のような対外的な発信の場があります。

①カンファレンス

Social Impact Day 2017

社会的インパクト評価に関するカンファレンスに登壇

NPO/NGOの特徴は、あまり他団体を「競合」として設定せず、非営利セクター全体を盛り上げるために「競争」ではなく「共創」というアプローチを選択するところにあります。

そのため、先進的な取り組みや優良事例の共有を目的として、行政や民間(中間支援組織など)が主催するイベントが多く開催されています。そうしたイベントには、NPO/NGO関係者や企業CSR担当者など、いわゆる「玄人」の参加者が多いのが特徴で、トーク内容については専門的・実践的な内容が扱われる傾向があります。

②大学での講義

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早稲田大学の「ボランティア論」という講義でゲストスピーカーを担当

e-Educationはもともと大学生のプロジェクトとして活動をスタートしました。そうした団体の歴史もあり、毎年複数の大学から講義のオファーをいただいています。

担当者の方からは「教科書やネット検索で触れられない生の情報で学生に刺激を与えたい」といったご要望をいただくことが多いです。カンファレンスや成果報告会と違い、受講している学生の全員が必ずしも「NPO/NGOに興味を持っている」わけではないところがポイントで、オープニングの掴みやワークの時間を設けてできる限りインタラクティブにするなどの工夫が重要になります。

③審査会(助成金など)

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三菱UFJリサーチ&コンサルティング社主催「ソーシャルビジネス支援プログラム」でのプレゼンテーション審査

財団や企業が運営している助成プログラムは年々進化し、そして多様になっています。助成対象ひとつをとっても、「①既存事業の拡張」や「②新規事業の立ち上げ」、「③組織基盤の強化」などの違いがあり、NPO/NGOが生み出す社会的インパクトを最大化させるために非常に考えられて運営されています。

それに関連して、助成先を決める審査プロセスにおいて「対面でのコミュニケーションを重視する」傾向が強まっていると感じています。申請書だけで助成先が決定されるのではなく、審査員の方にオフィスへお越しいただきヒアリングが実施されたり、選抜された団体による最終プレゼンテーションが設けられたりというものが増えています。

こうした審査会においては、それぞれの助成金の審査基準を見極めて話すというのも当然ですが、それ以上に「事業にかける想いや熱量」そして「e-Educationという団体、薄井大地という個人の信頼性」を審査員の方に伝えられるかが合否の分かれ目になります。

ありのままに伝えるという作法

こうした登壇の機会では、私はあまり事前準備の時間を長く取らず、作り込み過ぎないことを大切にしています。そして、当日の空気を大事にし、即時性や即興性を心掛けています。

もともと私が話すということに真剣に向き合った最初の機会は、「アナウンス研究会」というサークルで活動をした大学時代です。その中で私は「実況ゼミ」という活動の責任者を務め、週末には東京六大学野球の試合が行われている神宮球場へ足を運び、ラジオ実況を想定した実況練習を4年間飽きることなく続けました。

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大学時代、週末に何度も通った明治神宮野球場
(By Kakidai (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons)

大学卒業後はなかなか試合観戦に足を運ぶことも少なくなりましたが、先日サークルの後輩たちがインターネット配信サービス「BIG6.TV」で実況デビューしたというニュースが届き、それを読んでとても嬉しい気持ちになりました。その時に改めて、大学時代の経験が自分にとっての大きなターニングポイントであり、そして今の自分を支えている大切な財産なのだなと実感しました。

目に映るもの、肌で感じたものを、言葉を使って魅力的に伝えることはとても楽しく、奥深いものでした。私はその後バングラデシュやインド、フィリピンなどアジアの途上国を多く訪れることになり、「アナウンスの経験」と「途上国の経験」が掛け算されて今の自分があるのだと思っています。

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バングラデシュの農村で床屋(1回30円くらい)に行ったら

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物珍しさから村人が大集合してくる貴重な経験

ありのままに伝えようとすると、「平凡になってしまう」あるいは「機械的になってしまう」という不安が付きまといます。しかし、借り物の言葉だけでなく、自分の経験に基づく言葉を織り交ぜることで、ありのままでも自然とオリジナルになると私は思っています。

言葉を支える土台は「技術」ではなく「哲学」

所属サークルの影響もあり、学生時代からアナウンサーの方が書いた本をよく読んでいました。アナウンサーの書籍のおもしろさは、アナウンス業を通じて形成された「一人一人の違った人生観や世界観」に触れられる点です。

私が読んだ本の中では、フジテレビ・三宅正治さんの『言葉に魂(おもい)をこめて』や、ニッポン放送・吉田尚記さんの『ツイッターってラジオだ!』などが、テレビやラジオから離れて「人」や「社会」の見方に迫るユニークな内容でしたのでオススメです。

さて、今回の記事では私の人生に最も大きな影響を与えたアナウンサーの一人であるテレビ東京・大橋未歩さんの『逃げない力』をご紹介したいと思います。

困難との正面衝突から得た「魔法の考え方」

大橋さんは2002年にテレビ東京に入社し、スポーツやバラエティーを中心に数々の人気番組を担当。アナウンサーの仕事と並行して、ファイナンシャルプランナーの資格取得や、早稲田大学大学院に入学してスポーツビジネスの研究に取り組むなどマルチな才能と行動力も彼女の魅力でした。15年の長きにわたりトップアナウンサーとして活躍され、今年12月上旬にテレビ東京を退社することが発表されています。

さて、この本の第1章では新人時代の苦しい経験が赤裸々に綴られています。夢であったオリンピックの仕事を目の前にして、担当プロデューサーから「大橋とは一緒に仕事をしたくないスタッフもたくさんいることを覚えておけ」と釘を刺されるほどの大きな挫折を経験したのです。

その後どのように社内の信頼を勝ち取り、看板アナウンサーとして成功を収めたのか。これまでのアナウンサー人生を振り返り、そのポイントを大橋さんは「魔法の考え方」という表現で紹介しています。

それではここから大橋さんの言葉を一部引用しながら、「仕事と人生が楽しくなる魔法の考え方」に迫っていきたいと思います。

(1)「原点」や「本質」を大切にする

気軽にテレビを見ているお茶の間のみなさんにとっては「うまく進行したい」なんていう私の思いは単なるエゴイズムでしかないのです。

プレゼンや人前で話す機会なら、なにより「伝える」ということが一番の目的です。
であれば、「上手に伝えなければいけない」とか「失敗してはいけない」という「自分の都合」はいったん忘れて、「何を伝えたいか」に心を傾けてみます。

人前で話すのが苦手という人はとても多いですよね。プロのアナウンサーでなくとも、緊張の中で「なんとか上手く伝えなければ」と必死になった経験はほとんどの人にあるものだと思います。

大橋さんは、仕事での一つのミスをきっかけにイップス(精神的な理由により極めて簡単な動作ができなくなる症状)を発症したそうです。極度のプレッシャーと向き合いながらも、番組で共演する所ジョージさんの言葉などを通じて肩の力を抜いて仕事に取り組めるようになった経緯がこの本で紹介されています。

やはり人は様々な思い込みによって自分を追い詰めてしまうものです。そうした時には、「原点」を見失っているのではないかと自分を疑う視点も大切ですね。

(2) 正しいプライドを持つ

ほんとうは、プライドなんて必要ありません。仕事へかけるプライドは持つべきだと思いますが、自分を大きく見せるプライドは仕事の邪魔になるだけ。

人からの評価は水物、でも経験はどこにも逃げない本物の財産だと思っています。

大橋さんは、入社半年で生番組のキャスターに抜擢された際に「前任者と同じレベルが求められている」と思い込んで虚勢を張り続けてしまったと振り返っています。わからないのにわかったふりをしたり、謝ることができなかったりして、その結果「お前とは仕事したくない」と言われるほど孤立してしまったのです。

チームの一員として仕事をする上で、他のチームメンバーの目に自分がどう映っているかは非常に重要です。そしてまた同時に、「全く関係ない他者」(大橋さんの場合は週刊誌の記事であったり”世間の目”でした)からの評価は重要でなく、自分のために積み重ねるべきは【無意味な評価】ではなく【有意義な経験】なのです。

(3) 自分と組織を、冷静かつ客観的に捉える

会社員として最も怖いのは、嫌々仕事をやることを体が覚えてしまい、いつのまにか主体的に動けなくなることだと思っています。

やりたいことがみつからない時、うまく波に乗っていけない時のおススメは「恩返しの時間」にするということです。

アナウンサー(特に在京キー局)は非常に華やかな舞台で働いているイメージがあり、そして多くの人に知られる「有名人」です。しかし忘れられがちなのは、注目を集める存在であると同時に「会社員」でもあるということ。

大橋さんが意識する「マイナスの感情を放置しない」という姿勢は、働く人々みんなに通じるとても大切なものだと思います。担当する仕事の100%全てが自分のやりたいことだというケースは極めて稀です。その変わらない事実を変えようと疲弊してしまうのではなく、それでも自分が悪い方向に変わってしまわないようにどんなアクションができるか。

大橋さんは夢であったオリンピックの仕事を担当してから「次なる目標」がすぐに見つからなかったとき、アナウンス部の上司に「人手が足りない場合は、何でもしますので言ってください」と伝えたそうです。そして、それまで支えてくれていた他のアナウンサーへ恩を返すつもりで日々の業務に取り組んだというエピソードには、幸せに働くためのたくさんのヒントが詰まっていると感じました。

いかがだったでしょうか?

テレビで目にするアナウンサーは、とても遠い「向こう側」の存在に思いがちですが、その悩みや困難を乗り越えた経験はとても身近なものに感じられませんか?

これからも、なかなかイメージしずらい「国際協力NGOの国内業務」を解説しながら、オススメ書籍をご紹介していこうと思います。

それでは、次回もお楽しみに。

 

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「パパ、お仕事、だめ」ーー海外出張の多いNPO男性職員が、2歳の息子から学んだことを紹介します。 https://eedu.jp/blog/2017/10/27/learning_from_son/ https://eedu.jp/blog/2017/10/27/learning_from_son/#respond Fri, 27 Oct 2017 06:49:30 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=45473 ネパール農村部にホームステイしたときの子どもたちとの一枚 みなさんこんにちは。e-Educationの吉川です。 以前、1歳9ヶ月の息子をネパール農村部に連れて行った経験をご紹介させて頂きました。 その後、「仕事の話のみ […]

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ネパール農村部にホームステイしたときの子どもたちとの一枚

みなさんこんにちは。e-Educationの吉川です。

以前、1歳9ヶ月の息子をネパール農村部に連れて行った経験をご紹介させて頂きました。

その後、「仕事の話のみならず、プライベートな部分も紹介してほしい」というコメントを頂いたので、今回は子育てを通して感じたことをお伝えします。

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はじめに

まず最初に、大切なお断りをしておきます。

基本的に子育てをしてくれているのは私ではなくです。これは間違いないです。明確に言っておかないと、大変なことになります。世の先輩パパさんたちには分かって頂けるのではないかと思います。

以前私は「私がどんな風に子育てをしているかと言うと・・・」と無意識に語っていたことがありました。すると妻から、「いやいや、あなたがやっているのは子育てのほんっの一部で、基本的にはただ子どもと遊んでいるだけだから!」という鋭いツッコミが入りました(すいません、と謝りました)。

子育てには見えない苦労がたくさんあるのだと思います。息子をお風呂にいれることが私の役割なんですが、それだけで「子育てをしている」と、若干ドヤ顔していた自分を恥じました。妻には感謝しかないですね。

ということでここからは、私の子育てというよりも、子どもと関わることで逆に私が学ばせてもらったことを中心にご紹介したいと思います。

子どもの成長を感じる瞬間

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秋田の畑でネギとじゃがいもを収穫

2017年も残り2ヶ月となりましたが、1月から10月までを振り返ると、私は半分以上の時間を海外で過ごしていました。さらに、東京や国内の地方出張も月に1回はありましたので、家族と一緒に過ごせる時間はあまり多くなかったかもしれません。出張から帰ると、毎回息子の成長を感じます。

成長とはどういうことなのか、息子から改めて次のことを教えてもらいました。

「できなかったことが、できるようになる」

喋れなかった言葉を喋れるようになったり、高く積み木をつめるようになったり、お箸でご飯を食べられるようになったり。子どもの成長は本当に早いです。できることが毎日どんどん増えていきます。

でも、簡単にできることが増えるというわけではありません。できるようになるまでには、きっと何回もチャレンジして、失敗して、それでも諦めずに取り組むからできるようになるのだと思います。

できないことができるようになるためのたったひとつの方法は、チャレンジして諦めないことだと改めて感じました。

息子に負けないように、私ももっともっとできることを増やして成長していきたいなと思っています。

「パパ、お仕事、だめ」

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2週間の海外出張から帰ってきた時、息子に言われた言葉です。これまで「お仕事」という言葉を理解していなかった息子が、使えるようになっていました。この時、息子の成長を喜んだと同時に、寂しい思いをさせたくないなと強く思いました。

だからこそ、生産性高く仕事に取り組み、家族との時間をしっかり大事にできる人になれるよう、日々成長していきたいと思います。

仕事が忙しい時は、家族と一緒にいるときも、どうしても仕事のことを考えてしまっていました。私は、自分がやりたい仕事を思う存分やらせてもらっています。自分で選んでやっていることです。

それにも関わらず、やりたい仕事をやらせてもらえるありがたさを忘れ、家族への感謝の気持ちを忘れてしまうのは格好悪いなと、反省しました。

これからは、息子に「パパ、お仕事楽しそうだね、僕もやりたい」と言ってもらえうように頑張ります。

多くの人に育ててもらっている

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職員の三輪と薄井とじゃれあう

子育ては、妻が一番頑張ってくれているとは思いますが、息子の成長は本当に多くの人のおかげです。丸一日誰かと遊んでもらった日には、目で見て分かるくらい成長します。人との関わりによって、人は成長するんですね。

これからも、いろんな人と関わりながら、様々なことを吸収していってほしいなと思っています。新しい世界に出会うために海外にももっと連れて行こうと思います。

そういった思いもあり、今年から一軒家に引っ越しをして家族ぐるみでのシェアハウスを始めました。これまでもいろいろな人が遊びに来てくれます。息子の遊ぼう攻撃でへとへとになると思いますが、これからも懲りずにぜひ遊びにきてください。

子どもが産まれてから変わったこと

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ネパールで出逢った子どもたち

子どもからは、いろんなことを教えてもらってばかりです。その中でも、国際協力の仕事に携わる身として、大きく変わったことがあります。

途上国で町を歩くと、裸足の子どもたちが物乞いをしたり、ゴミの中からお金になりそうなものを探したりしている子供の様子を、これまでも何度も目にしてきました。

うまく表現できないのですが、子どもを持つ親になってからは、胸が苦しくなる思いが今まで以上により一層強くなりました。

ストリートにいるあの子も、自分の息子も何も違わない子どもです。自分の息子が同じ状況に置かれていると想像すると、悲しい気持ちになり、他人事ではないとより一層強く認識するようになりました。あの子どもたちは、何も悪くない。

子どもの貧困、これからの教育、これからの社会自体のあり方に対して、当事者として向き合いたいと強く思うようになりました。この社会にある様々な問題、途上国が抱える多くの貧困や教育の問題に対して、他人事ではなく当事者として向き合う姿勢を大切にしたいと思います。

知らないことを知る

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空港で販売しているお弁当とともに

子育てもそうですし、海外に行って仕事をすることもそうです。知らないことを知ることで、たくさんのことを学ばせてもらっています。ただ、知らないことに挑戦したり、やったことがないことを始めたりすることは、ときに不安だったり怖くなったりもすると思います。

でも、一歩踏み出す勇気があれば、必ず乗り越えていけると思います。そして、諦めずに取り組むことで、いつかできるようになるのだと思います。

これからも新しいことに挑戦し、できなかったことができるようになりたいと思います。そして自分自身がそんな生き方をすることで、息子が成長していくことに少しでも貢献できたらなと思っています。

NPO男性職員の子育ての実態は、まだまだ修行中ということです。これからも息子とともに一つ一つできることを増やしていこうと思いますし、今後も先輩方から子育てアドバイスを頂けると嬉しいです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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4年越しの夢が現実に。ミャンマーの最果て「チン州」で、公立校映像教育プロジェクトがついに始動! https://eedu.jp/blog/2017/09/15/start_eedu_at_chin_public/ https://eedu.jp/blog/2017/09/15/start_eedu_at_chin_public/#respond Fri, 15 Sep 2017 09:40:57 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=44921 みなさんこんにちは!e-Educationの古波津です。 今日は皆さんに嬉しい報告があります!ついに、ハカの公立校の通常授業で本格的に映像授業の導入が始まりました! 2013年からミャンマーでプロジェクトを開始して早4年 […]

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公立校での協議を実施-540x280-1

みなさんこんにちは!e-Educationの古波津です。

今日は皆さんに嬉しい報告があります!ついに、ハカの公立校の通常授業で本格的に映像授業の導入が始まりました!

2013年からミャンマーでプロジェクトを開始して早4年。これまで村で運営されている寄宿学校など、先生が不足している学校や自習時間といった授業の無い時間帯でのみ活用をされてきたe-Educationの映像授業ですが、8月下旬、ようやく公立校での取り組みが開始しました。

“ようやく”という言葉にたくさんの想いを込めたいくらい、今回の取り組みは個人的にぜひとも知ってもらいたく、今回は記事にしました。ぜひ読んでもらえると嬉しいです!

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今年の6月、前途は多難だった

6月と言えばミャンマーの学校では新学期が始まる月です。

昨年までの経験から「e-Educationがもっと現場で必要とされている支援を行うためには?」「どうやったらより多くの教育機会を求める子どもたちに対し支援が実現できるのか」を何度も議論してきました。結果たどり着いた答え。それは“公立校での支援の開始”でした。

公立校で導入出来れば生徒にとっては定期的に映像授業をしようしてもらえる学習環境をつくることが出来、先生の指導力を伸ばし、また定期的なモニタリングから映像授業によるインパクトを正確に計測できることが可能になると考えたのです。

また、長期的に事業を拡大する上でも、公立校での導入モデルが出来ることで他の公立校への展開、その他州への展開も可能になると踏んだのです。

ただ、公教育で導入するには教育省からの許可が必要でした。


「よし、そうと決まれば導入に向けて教育省、学校側と話すぞ!」

そう意気込んだものの、現実はそんなに甘くはありませんでした。

取り組み予定校での協議は難航

当初取組みを予定していた学校で議論が難航

6月、新学期はじめ。当初モデル校として取り組みを予定していた公立校を訪問しました。事前に校長先生からも取り組みをお願いしたい、との言葉を頂いて安心をしていたのもつかの間、教科担当の先生方からの反応は芳しくありませんでした。

「私たちはこれまで生徒の指導をしてきた自信もある。生徒の力を信じている。映像授業を導入することで生徒が混乱してしまうのではないかと心配なの。」

その学校の高校卒業試験の合格率も10-20%と、とても高いものではありません。先生たち、生徒たちの力になりたい。そう思って臨んだ協議も、彼らの想いをうまくつかむことは出来ず、一旦持ち帰りとなってしまいました。

思わぬきっかけ

「どうしたら力になれるだろう?」

ネガティブな反応をされてしまった高校で、どうしたら受け入れてもらえるだろう。仲間と散々議論を重ね、いくつか案をもって、教育省と面談を進めることになりました。

チン州教育省ではこの5月、教育省のトップが交代になりました。前任者はプロジェクトの導入を好意的に受け止めていたけれども新任者はどうだろう・・・。

緊張の中臨んだ面談では、今回訪問した学校での反応や、今後の取り組み案を提示させてもらい、教育省の方々の反応を待ちます。

「それなら、今年初めて高校卒業試験を受ける生徒が通う高校が出来たから、そこでならもっと可能性があるかもしれませんね。校長先生との打ち合わせをアレンジましょう」

プロジェクトがいよいよ動き始めました。

ついに、公立プロジェクト校が決定!

紹介をされた学校の校長先生、教科担当を訪ねての訪問。その学校はもともと小学校として始まり、2015年までは中学校までの教育課程しかありませんでした。しかし、去年初めて高校生が入学し、今年初めて高校卒業試験を受験する生徒が誕生するのです。

前年度までの高校卒業試験実績も無ければ、現在高校生を教えている先生ももともとは郊外の村で小学生、中学生向けに先生をしていた方たちばかり。受験科目全てに専任の先生がついているわけでもなく、ぼくたちが訪問した時にも英語の先生が物理の授業も教えている、という状況でした。

一度別の学校で断られていることもあり、少々不安を感じながらも、e-Educationプロジェクトがどう学校の、先生の、生徒の力になりたいのか。どんな形であれば協力できるのか、一方通行ではない、先生の意見を聞きながら一緒に協力の形を創っていきたいと、協議を行いました。

真剣な表情でこちらの話を聞いてくれた校長先生。

「ぜひ、一緒にやりましょう!」

そう言ってくれた言葉に、ガッツポーズを隠せませんでした。

公立校での協議を実施

別の公立校での協議の末、喜んで導入したいとの合意を得ることが出来ました

実際、プロジェクトを開始するにあたり、先生方からも要望を頂きました。

これまでDVDで届けていた映像授業では、学校に設置をしてあるパソコンからしか視聴が出来ない。映像授業を流す前に自らの空いている時間に確認できるようにしたい。そんな要望に応えて携帯電話でも視聴できるようにデータを圧縮、学校以外でも、先生がいつでも好きな時に授業研究が出来る体制をつくることが出来ました!

ミャンマー:携帯でも動画視聴が可能に!

携帯でも映像授業の視聴が可能に

それだけではありません。映像授業を導入するにあたって、初めての先生たちでも安心して導入できるように、映像教材を導入するにあたっての教員研修も実施しました。

分からないことばかり、それでもひとつづつチームで進める歩みに、先生たちも期待を膨らませていました。

教員研修1

プロジェクト校の先生たちへ、映像授業の活用に関しての研修を実施

教員研修2

初めての研修、期待と不安でいっぱいな先生たち

ついに、チン州の公立校で初めての映像授業の導入が実現!

プロジェクターやパソコン機材の搬入も終えた8月下旬、ついに、ミャンマーで一番貧しいとされるチン州の公立校で初めてとなる映像授業の導入が開始しました!

映像授業導入1

ついに!ハカの公立校で初めて映像授業が導入

映像授業導入3

初めての映像授業に、生徒たちも真剣です

今年度からパイロット校として取り組んでいるこの学校では、先生たちもハカ郊外の村(村に高校はない)の出身で、小学校・中学校でしか教えたことがなく、当初話を聞いた際には高校生に授業を教えることに不安を感じている、との声がありました。

しかし、携帯で映像授業を見れるようにすることで授業前に教え方を学び、「もう教えることは怖くない!」と思ってくれるまで自信を持って授業に臨んでくれています。生徒は映像授業で指導法を学んだ先生の授業と、映像授業の両方を見ることで一貫した指導のもと理解を深めている様子。映像授業を見た生徒の反応は「面白い!家に帰りたくない!」とまで言っているそうです。

これこそ映像授業の一つのインパクトですね!ここから映像を届けるだけでなく、どう本当に教育的なインパクトを創っていくか、映像授業の価値を最大限発揮するための学習環境づくりをチームで創っていきます。

これからのe-Educationミャンマープロジェクトの続報に、こうご期待ください!

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国際協力?地域活性化?次の挑戦は「途上国と日本の地方の若者の共成長」です! https://eedu.jp/blog/2017/08/25/shiigi_murc_challenge/ https://eedu.jp/blog/2017/08/25/shiigi_murc_challenge/#respond Fri, 25 Aug 2017 00:04:02 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=44971 みなさん、こんにちは。e-Education海外事業担当の椎木です。前回の記事では将来の進路に悩む学生の皆さんに向けて「あなたは山登り型?それとも川下り型?今、将来に悩む学生へ伝えたい「自己対話」の大切さ」について紹介さ […]

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みなさん、こんにちは。e-Education海外事業担当の椎木です。前回の記事では将来の進路に悩む学生の皆さんに向けて「あなたは山登り型?それとも川下り型?今、将来に悩む学生へ伝えたい「自己対話」の大切さ」について紹介させて頂きました。今日は途上国での現場経験を積んできた私だからこそ気づいた、日本の地方の魅力についてお届けしたいと思います。

援助の在り方ってなんだろう?

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整理整頓に取り組む先生

2年間協力隊として派遣されていたマラウイ。アフリカの中でも青年海外協力隊の派遣歴史は長く、安全とも言われ、派遣隊員数も多いマラウイですが、何故か今でも「アフリカ最貧国」と呼ばれています。

内陸国のため国独自の資源がなく、経済が発展しにくかったマラウイ。自国の資金では事足りず、いつしか他国からの援助に頼りがちになってしまっていました。ハード面の支援ではなくソフト面の支援=現地の人材育成が醍醐味である青年海外協力隊員は、いつも他国の支援の仕方と比較をされ、いつしか隊員間では「マラウイは援助慣れしすぎているせいで自助努力が欠如している。だからこそ、この国の開発が進まないのでは?」と言われるようになっていました。

そのせいか、「I’m poor.」というのが口癖なマラウイ人。もちろん地域にもよりますが、私が関わっているマラウイ人はきちんと服を着ることができていて、ご飯も家族と毎日食べることができている現地の人たち。私が想像してきた「貧困」という言葉のイメージとは似つかず、援助のあり方を日々考えさせられた時間でもありました。

変わらない良さがここにはある

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子どもたちの最高の笑顔!

そんなマラウイですが、私が現地で2年間生活して見えてきたものがあります。それは、「何よりも家族の時間を大切にし、コミュニティの絆が深い」ということです。

自給自足で野菜や主食となるメイズを生産し、家族内が無理であれば親戚同士、ご近所間で助け合って子どもたちの教育費を負担する。未来を担う子どもたちに必要な学校運営や、各家庭の収入向上のために必要な農業はコミュティ全員で一致団結して取り組む。

そんな地域全体で子どもを守り、支え合いながら生活をしていくマラウイの暮らしが私は大好きです。これは、開発が進みにくいからこそ見えてくるマラウイの変わらない良さであり、現代の日本が失いつつあるポイントだと気づくようになりました。

途上国と日本の地方の現状が似てる?若者の力を育てたい理由

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自然豊かな地元の風景

マラウイでの生活や教育現場での経験から、隊員としての活動任期を終えて気付かされたことがあります。それは、途上国と日本の地方の状況が似ているということです。雇用が少ない地方では、雇用を求めて若者は進路決定とともに都市部へと流出し、どんどん過疎化が進んでいる状況であり、先進的な教育の発展に遅れを取りつつあります。

しかし、その一方でそんな地方だからこそ根付いている良さがあります。それはマラウイで感じていた、「コミュニティで子ども育てる」という温かさと「地元に対する深い愛情」です。

このような環境で育つ若者こそ、私はこれからの日本に必要不可欠な存在だと考えるようになりました。それはe-Education事業を通じて、バングラディシュの村の若者が大学へと進学し、自国の教育改革を起こす発起人となっているように、日本の地方においても、若者の力が地域の新たな雇用を生み出したり、その地域の良さを活かしながら発展へとつなげていく大きな原動力となっていくと私は信じています。

そんな若者の可能性を広げたい、応援したいというのが私の強い想いでもあります。

だからこそ次なる目標は「共成長」!!e-Education職員の知られざる活動舞台

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児童館でのweb交流の様子

その私の想いをきっかけに動き始めた新たなe-Educationとしての国内教育事業の一つが「日本の地方と途上国を繋ぐWeb交流」です。
この事業を行うことになったきっかけは、前回の代表コラムでも取り上げていただいた三菱UFJリサーチ&コンサルティング主催のソーシャルビジネス支援プログラムの採択でした。

現在はプロボノの皆さんにお手伝いしていただきながら、この国内教育事業をさらに拡大していけるための事業計画の策定等を行っています。また、実際に島根県の吉賀町の高校生にむけた夏期講習の場で講演をさせていただいたり、私の地元である山口県周南市の児童館で小学生を対象としたweb交流イベント開催しています。

実際に現地を経験している当事者から話を聞いたり、インターネットを通して顔を見ながら途上国の子どもたちと対話する経験を通じて、日本の若者にもっと夢や希望を届けることができればと思っています。

私の想いやe-Educationのこれまでの活動に賛同してくださり、今回のように団体としての新たな挑戦を応援してくださる仲間がいること、この出会いやきっかけを持てたことに感謝するばかりです。

まだまだ駆け出したばかりの新人職員ですが、失敗や壁にぶち当たりながらもこれからも走り続けていきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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我輩は猫ではありませんが、海外旅行ではネコのように過ごします(中野秀敏) https://eedu.jp/blog/2017/08/05/like_a_cat/ https://eedu.jp/blog/2017/08/05/like_a_cat/#respond Sat, 05 Aug 2017 03:02:56 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=43661 皆さん、この夏はどう過ごしていますか? 夏の長期休暇を利用して海外旅行にこれから行かれる方、既に行った方も多いと思います。 それでは現地でどのように過ごすでしょう?私はネコのように過ごします、e-Educationの中野 […]

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皆さん、この夏はどう過ごしていますか?

夏の長期休暇を利用して海外旅行にこれから行かれる方、既に行った方も多いと思います。

それでは現地でどのように過ごすでしょう?私はネコのように過ごします、e-Educationの中野です。

私は仕事で海外に行くことは殆どありませんが、旅行としてはよく行きました。20回から30回くらいでしょうか。バックパッカースタイルで日本からの往復の飛行機だけ予約してホテルなんかは現地についてから探します。

大体1回に10日間位滞在し、主に途上国で現地の人達と触れ合うのを目的としています。そして気づきました。旅行中、私はネコのように過ごすのです。

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うろうろして、昼寝

2ねむるねこ

知らない街を一人でずっと歩き続ける海外の旅。

帰り道がわかるように時々振り返りながら。これは完全な非日常で楽しい反面、とっても疲れます。

とっても疲れるので、午前中だろうが夕方だろうが昼寝をします。都会ではホテルに帰って寝ます。道端で日陰を探して寝ることもあります。寝っぱなしです。

休みの日に自宅にいるとわかるのですが、やつら(ネコ)はずっと昼寝しています。

ちょっとずつ、断続的に食べる

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旅の楽しみにの一つが食。いろんなものを食べたいので、屋台でちょっとずつ食べます。

アル―のサモサ(インド文化圏でいう「ジャガイモのコロッケ」に似たもの)とか美味しいです。バナナやマンゴ―を買って食べるとか。皮をむいたり洗えるフルーツは雑菌の心配がなくむしろ清潔ですし、味も日本と全然違います。

すると、ずっと何かを少しずつ食べていることになるので、まとまった食事をすることは殆どありません。ちゃんとしたお店(日本人的な感覚で「ちゃんとしてる」かどうかは疑問ですが)で食べる回数は極端に少ないです。

休みの日に自宅にいるとわかるのですが、やつら(ネコ)は一日に10回近くに分けて少しずつ食事をします。

見えない何かと戦う

はねるネコ

旅先の途上国では、法律がコロコロと変わります。ただしそれに皆が一気に適応するとはかぎりません。

例えば、消費税にあたるものの税率が店員によって違ったり、バイクタクシーの値段が交渉で決まったりします。短期滞在だとその辺の感覚が分からずに、現地の人からしても常識はずれな値段で押し通そうとしてしまうことがあります。

以前、インドを旅した時に三輪タクシーの運転手と言い争ったことがありました。最初は130ルピーと約束したのに、途中で300ルピーと言ったんだと言い張るのです。怒ってタクシーを降りて、別の三輪タクシーに乗ったのですが、どうやら行こうとしていた場所が130ルピーで行ける距離ではなかったことを知りました。

言葉も違えば、文化も違う。そんな環境だからこそ、見えない何かと戦うことがある。これも旅の醍醐味の一つでしょう。

休みの日に自宅にいるとわかるのですが、やつら(ネコ)は、突然興奮してダッシュ!見えない何かと戦ったりします。

自宅に戻ると

旅の終点はいつも自宅の扉。海外旅行から帰ってくると、玄関でネコ2匹がお出迎えしてくれます。

やあ、ただいま。今夜は魚をたべよう、できれば刺身で。

そんな旅路を思い出す夏の季節。今年はどこへ行きましょう。

これから旅される皆さん、ネコのように過ごす旅はいかがですか?

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途上国支援って先進国の押し付けじゃないの?国際協力NGOの脱力系事務局長がオススメする書籍『寝ながら学べる構造主義』 https://eedu.jp/blog/2017/07/28/usui_books03/ https://eedu.jp/blog/2017/07/28/usui_books03/#respond Fri, 28 Jul 2017 05:08:46 +0000 https://eedu.jp/blog/?p=44704 みなさん、こんにちは。e-Education事務局長の薄井です。 前回の記事では、NGO特有の人材育成領域と「これからの社会」を考えるための視点をご紹介しました。 今回も引き続き、なかなかイメージしずらい「国際協力NGO […]

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みなさん、こんにちは。e-Education事務局長の薄井です。

前回の記事では、NGO特有の人材育成領域と「これからの社会」を考えるための視点をご紹介しました。

今回も引き続き、なかなかイメージしずらい「国際協力NGOの国内業務」を解説しつつ、現在の仕事に役立っているなと感じたオススメ書籍をご紹介していこうと思います。

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社会的インパクト評価を組織に根付かせる

NPOは利潤の追求ではなくミッションの達成を目的として存在しています。利潤の追求が目的であれば「売上高」や「営業利益」などが分かりやすい成果指標になりますが、NPOの成果は団体ごとに千差万別です。

また各団体の中で成果指標の設定方法をめぐり意見が割れてしまったり、あるいは成果の測定が難しく指標化ができないまま活動をしていたりする団体も少なくありません。

そうした難しさを抱えるNPOセクターにおいて、最近注目を集めている手法の一つに「社会的インパクト評価」というものがあります。

▼社会的インパクトとは
短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム
▼社会的インパクト評価とは
社会的インパクトを定量的・定性的に把握し、当該事業や活動について価値判断を加えること
「社会的インパクト評価イニシアチブ」WEBサイトより引用)

団体が掲げるミッション達成のために必要な戦略や戦術を磨き上げ、そして定期的な振り返りを通して事業を改善していく「成長する組織」の文化醸成も、私たち国内の本部機能が担う役割の一つです。

ロジックモデルで事業を改善

Social Impact Day 2017

社会的インパクト評価に関するカンファレンスに登壇

6月29日に開催された社会的インパクト評価に関するカンファレンス「Social Impact Day 2017」(主催:社会的インパクト評価イニシアチブ)に登壇し、e-Educationの事例を発表してきました。

このカンファレンスでは、内閣府の調査事業の一環として全国6か所で開催された「社会的インパクト評価実践研修」の参加団体から選抜された7団体が、それぞれ作成したロジックモデルの内容を中心にプレゼンテーションし、参加者からの質問も交えながらパネルディスカッションを行いました。

Logic Model e-Education

ミャンマープロジェクトを事例にロジックモデルを作成

ロジックモデルとは、自団体の受益者を明確化し、成果を時間軸(短期/長期など)で区切り整理することで、団体それぞれの活動がどのようなプロセスで成果に繋がっていくのかを分かりやすく示したものです。

そして、ロジックモデルで設定した各項目が指標化できるかそれぞれ吟味し、指標化する場合はその測定方法についてもブレないよう確定します。

これにより、成果指標のモニタリングを通じて事業の改善が可能になるという「ゼロをプラスにする」利点があるだけでなく、指標化しない(できない)項目についても組織内で認識共有することで事業推進上のロスを防ぐという「マイナスをゼロにする」利点もあるのです。

 

自分たちの活動は、本当に求められているものなのか

ロジックモデルを作成し事業を展開していくスタイルは、これから5年や10年のうちにNPO/NGOだけでなく多くの企業にも浸透していくのは確実な、とても意義のある取り組みであり概念です。

しかし、このロジックモデルは「とにかく作れば良い」ものではなく、取り扱いには気力と技術が必要だと考えています。特に、文化も言語も宗教も異なる相手と手を取り合って活動を行っていく国際協力という領域では尚更です。

「自分たちが成果として設定しているものは本当に適切か?」
「AというアクションがBという結果につながると想定しているがそれは本当か?」

ロジックモデルの作成段階でも、そして作成した後に事業を推し進める段階でも、常に自分たちを客観的に見つめ続ける必要があります。

そこで今回は、途上国支援の取り組みが「先進国による押し付け」になってしまわないよう意識すべき姿勢が学べる書籍『寝ながら学べる構造主義』をご紹介します。

構造主義の考え方は、日常のあらゆる場面にも応用可能な内容なのでオススメです。

人間はどのようにものを考え、感じ、行動するのか?

この本は、入門者のための構造主義の易しい解説書というコンセプトで執筆されています。

所々に落語的解説を挟むという進行で丁寧に説明をしてくれますが、タイトルの「寝ながら学べる」はやや言い過ぎかなというところ。しっかりと一冊読みきるのはそれなりにタフでしたので、これから読む方はご注意を。

さて、それではここからこの本で学んだことについて、一部参考になった箇所を引用しつつご紹介します。

(1) 構造主義とは?

 構造主義というのは、ひとことで言ってしまえば、次のような考え方のことです。
私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない

ここに書かれているような構造主義の定義を見て、「何を当たり前なことを?」と感じた人も多いのではないでしょうか?

それもそのはずで、この本の第1章の冒頭は「思想史的な区分によりますと、いま私たちが生きている時代は『ポスト構造主義の時代』と呼ばれています。」という説明から始まります。

つまり私たちは、上記のような構造主義の思考方法があまりにも深く(わざわざ認識すらしないほどに)浸透し、「自明なもの」になっている時代を生きているということです。

自明なものは改めて意識することが実は難しく、だからこそ自分の常識を拡張して他者に適用してしまわないような謙虚さを「意識して」持ち続けるために技術や姿勢を学ぶ必要があります。

(2) ニーチェの卓越した共感能力

技能の伝承に際しては、「師を見るな、師が見ているものを見よ」ということが言われます。弟子が「師を見ている」限り、弟子の視座は「いまの自分」の位置を動きません。「いまの自分」を基準点にして、師の技芸を解釈し、模倣することに甘んじるならば、技芸は代が下るにつれて劣化し、変形する他ないでしょう。

(それを防ぐには)師その人や師の技芸ではなく、「師の視線」、「師の欲望」、「師の感動」に照準しなければなりません。師がその制作や技芸を通じて「実現しようとしていた当のもの」を正しく射程にとらえていれば、そして、自分の弟子にもその心像を受け渡せたなら、「いまの自分」から見てどれほど異他的なものであろうと、「原初の経験」は汚されることなく時代を生き抜くはずです。

この本の第1章では、どのような思想史的文脈の中で構造主義が誕生したかを丁寧に解説しています。そこで取り上げられている思想家の1人がニーチェです。

ニーチェはもともと古典文献学という「異なる時代の異なる地域・文化の情報を、今の自分が持っている知識や感性を一旦排除して受け取る」という特殊な心構えをを求められる学問において研究者としての歩みを開始しました。

筆者はニーチェの共感能力を示すエピソードをいくつか紹介し、上記の「技能の伝承」という現代に通じるトピックと照らし合わせながらその卓越さを解説しています。

(3) レヴィ=ストロースが否定した”優劣”

 『野生の思考』の冒頭に、ある人類学のフィールドワーカーが現地で雑草を摘んで「これは何という草ですか?」と現地の人に訊ねたら大笑いされた、というエピソードが引かれています。何の役にも立たない雑草に名があるはずもないのに、それを訊ねる学者の愚行が笑われたのです。
ソシュールの用語で言えば、この雑草はこの部族では「記号」として認知されていなかったのです。それは彼らに植物学的な知識がなかったという意味ではありません。それぞれの社会集団はそれぞれの実利的関心に基づいて世界を切り取ります。漁労を主とする部族では水生動物についての語彙が豊かであり、狩猟民族では野獣の生態にかかわる語彙が豊かです。

この本の後半では、「構造主義の四銃士」という異名をとる4人の思想家を1章ずつ使って紹介し、その業績や思想史的な意義を丁寧に解説します。

構造主義の四銃士とは、ミシェル・フーコー(第3章)、ロラン・バルト(第4章)、クロード・レヴィ=ストロース(第5章)、そしてジャック・ラカン(第6章)です。

この中でも特に、「未開社会」のフィールドワークを資料とする文化人類学者レヴィ=ストロースの主張には、国際協力に携わる者にとって非常に示唆深い内容が含まれています。

彼は、「未開人の思考」と「文明人の思考」の違いは発展段階の差ではなく、そもそも「別の思考」なのであり、比較して優劣を論じること自体無意味であると結論づけます。ここでは文明と隔絶された未開の地を例示していますが、先進国と途上国の間にももちろん同じことがいえるでしょう。

いかがだったでしょうか?

今回はややアカデミックな内容でしたが、難しく考えすぎずに捉えてみると、この視点は親子間であったり上司/部下の間でのやりとりや、はたまた交渉ごとなどのビジネスシーンにも通じるものだと気付くのではないでしょうか?

これからも、なかなかイメージしずらい「国際協力NGOの国内業務」を解説しながら、オススメ書籍をご紹介していこうと思います。

それでは、次回もお楽しみに。

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