
2016年に起きたダッカ襲撃テロ事件から、今年で10年が経ちました。
e-Educationは2016年以降も教育を通じて、若者たちが未来を信じられる社会をつくることに向き合い続けてきました。
インターネットもそこまで普及していない時代から始まった、映像授業を用いた教育支援。
それは15年以上の歳月を経て、ただ受験科目を勉強するだけでなく、若者の心に寄り添う「ライフコーチ(オンライン家庭教師)」という独自の伴走の形へと進化を遂げました。
今回は、長年の現地パートナーであり、共に若者たちの歩みを見守ってきたBacBon(バックボン)の創業メンバーのアリフ・カーンさんと、認定NPO法人e-Education代表の三輪開人が、これまでの軌跡とこれからの未来を語り合いました。BacBonは2013年にバングラデシュで設立された教育×テクノロジーのEdTech企業です。e-Educationとともに、バングラデシュの高校生たちに教育を届けてきました。
今回の対談では、私たちが本当に届けたい、教育の先にある「希望の循環」についてお伝えします。

三輪開人(以下、三輪):
アリフさん、今日はお時間をいただきありがとうございます。
私たちがバングラデシュで活動を始めてから、早くも17年目です。振り返ると、2013年から2015年頃は、試行錯誤を重ねながら活動を広げていた時期でした。当時の熱気は、今でも鮮明に覚えています。
アリフ・カーンさん(以下、アリフ):
本当に懐かしいですね。ダッカ大学の修士課程の学生だった頃に、私はe-Educationの活動の立ち立ち上げに関わりました。
それが私のキャリアの始まりでもあり、教育とテクノロジーの可能性を信じる原点になりました。当時は世界的にもYouTubeは普及していませんでしたし、バングラデシュでは教育のデジタルコンテンツもほとんどありませんでした。
三輪:
そうでしたね。当時は3G回線すらなくて、2Gインターネットの時代でした。動画をスマートフォンやパソコンでスムーズに見るなんて、夢のまた夢のような環境でしたよね。
アリフ:
そうなんです。だからこそ私たちは、日本の映像授業のアイデアを取り入れ、インターネットが十分でない地方の村々でも学べるように、DVDやPC、タブレットに授業データを落とし込んで、現地に届ける活動から始めました。私自身も地方出身なので、都市部との教育格差や、学ぶ機会の少なさは身をもって感じていました。
当初、地方の学生たちやその親御さんは、「画面の中の授業を受けるだけで、本当にトップ大学に合格できるのか」と半信半疑でした。それでも教材を届けていくと、若者たちはテクノロジーの可能性を信じて、一生懸命に勉強をしていました。

その結果、想像を超える反応が返ってきました。
2014年には、わずか300人の受け入れ枠に対して、地方から4,000人以上の応募が殺到したのです。
予算や設備の限界で全員を受け入れることはできませんでしたが、4つの拠点を立ち上げて必死に生徒のサポートを行いました。その結果、2015年までに約30名が最難関のダッカ大学に合格し、他のトップ大学を合わせると、100名以上の地方出身の若者たちが進学の夢を叶えました。
三輪:
多くの女子学生も、このプロジェクトに熱心に参加してくれていたのが印象的でした。彼女たちにとっても、人生を切り拓く大きなチャンスになったのですよね。

※画像はイメージです。本記事内のエピソードとは無関係です
アリフ:
その通りです。バングラデシュの地方では、伝統的な価値観から、女性は早く結婚することが優先される風潮がありました。しかし、この活動を通じて親御さん達の意識が少しずつ変わっていき――「娘に教育を受けさせ、仕事を持たせて自立させたい」と考える家庭も出てきました。
特に、私の中で今も強く印象に残っている女子学生がいます。彼女は、苦学の末にダッカ大学への進学を決めたまさにその日に、これまで彼女を支え続けてきたお父さんを亡くしてしまったのです。大きな悲しみを抱えながらも、彼女は自分の力で切り拓いた大学での学びに向き合い、新しい環境の中で懸命に努力を積み重ねました。
そうした、一人ひとりの人生のドラマを私たちはすぐ側で見つめてきました。
アリフ:
地方出身の優秀な若者たちは、必死の努力でトップ大学へ進学しても、その先で再び情報格差や機会格差という高い壁に直面していました。バングラデシュでは、高等教育を受けた人材が増えている一方で、給料が安定していて自らのスキルを活かせる仕事が圧倒的に不足しています。特に、安定した仕事の象徴である国家公務員の試験には、わずか1,500〜2,000件の採用枠に対して、毎年約50万人もの若者が応募するような過酷な状況が続いていました。
三輪:
50万人がわずかな席を奪い合う。これでは、どれだけ大学で勉強しても、多くの若者が希望する仕事に就けませんね。
アリフ:
そうなのです。多くの優秀な若者が、何年も就職浪人生活を送りながらチャンスを待ち続けますが、実際に職を得られるのはほんの一握りです。
さらに、民間企業も含めて、都市部の裕福な家庭の出身者や、強力なコネクションがある人が有利に採用される傾向がどうしてもありました。地方から身一つで出てきた学生たちには、頼れるコネもなければ、どのように自分をアピールすればいいのかという就職活動の情報すらありません。
そのため、彼らは多大な苦労を強いられ、行き場を失い、精神的に非常に強いストレスや孤独感を抱えていました。私は、こうした社会全体の閉塞感と若者たちの「深い痛み」が、当時の社会の不安定さにもつながっていたと感じています。
三輪:
私は彼らの涙や不安に触れて、深く反省したのを覚えています。「ただ地方の若者に質の高い授業を届けて、大学に合格させるだけでは、彼らの本当の幸せには届かない。授業を届けるだけでは足りないんだ。」と強く突きつけられたのです。
三輪:
そこで私たちは、若者たちの経済的な困窮と将来への不安を同時に解決するための新しい挑戦として、2015年から実験的に「奨学金・インターンシップ・モデル」を始めました。
アリフ: はい、最初のインターン生は、現在はBacBonのスタッフとして働いているラジョンでした。

生徒たちを見守るe-Education職員の上杉と、BacBonスタッフのラジョンさん
彼は大学での進学生活を続けていましたが、実家からの経済的な支援もなく、アルバイトも見つからず、最終試験の時期に学費や食費が払えないほどの危機に直面していました。そんなときに、彼が私に「少しお金を貸してほしい」と相談してきたのが「インターンシップ・モデル」の導入のきっかけでした。
三輪:
アリフさんからその話を聞いて、私たちは何度も話し合いましたね。ただ、一回限りの募金やお金を渡すだけでは、彼の人生の根本的な解決にはならない。それなら、ただ支援を受けるだけではなく、e-Educationの活動にスタッフとして関わってもらい、働きながら学び、成長できる形にできないかと考えたんです。
アリフ:
その話し合いから、この仕組みが本格的に動き出しました。学生たちは、月に少なくとも4日間、e-Educationのプロジェクトに関わり、月末には自身の活動や成長を振り返る「レポート」を提出することになりました。
最初は、大学の勉強が忙しいことを理由に、レポートをなかなか提出してくれない学生もいましたが、開人さんが「レポートを出さないなら、奨学金は支給しないよ!」と厳しくも愛を持って指導していたのをよく覚えています。
ただお金をあげるだけではなく、社会人としての規律や、自分を振り返る力を身につけてほしかったからです。
この経験を経たラジョンたちは、学費や日々の食事代を賄う希望を得ただけでなく、オフィスでの働き方、プレゼンテーションの技術、どうやって成果を出すかというマインドセットを身につけていきました。
そして彼らこそが、後にe-Educationの活動を現地で引っ張る、最高のリーダーやメンターへと育っていったのです。その後、e-EducationとBacBonは何度も挑戦を重ねながら、「人生に誇りを、社会には想いやりを」というビジョンを形にしていきました。
三輪:
奨学金インターンの学生たちが育ってくれたことで、現在のe-Educationの核となる「ライフコーチ(オンライン家庭教師)」の仕組みが生まれました。単に映像授業を配信するだけでなく、地方の受験生一人ひとりに、トップ大学に通う現役の大学生の先輩が「ライフコーチ」としてオンラインで密に伴走する制度です。


アリフ:
このライフコーチ制度こそが、学生たちのモチベーションを劇的に変えました。
e-Educationだけでなくあらゆる予備校に共通することなのですが、30〜40%の学生が途中で大学受験の挑戦を諦めてしまっていました。しかし、e-Educationでは、自分と同じように地方の貧しい環境から努力してトップ大学に合格した「一歩先を歩く先輩」が、毎日声をかけ、相談に乗ってくれるようになったことで、受験生たちの孤独や不安が解消されるきっかけになったのです。
三輪:
ライフコーチたち自身にとっても、この伴走は大きな成長の機会になっているようですね。
アリフ:
はい、その通りです。ライフコーチを経験する大学生たちも、地方の受験生をメンタリングする中で、「自分はあのとき、どうやって逆境を乗り越えただろうか」と自問自答し、自分の経験を深く振り返るようになりました。
そんな中で起きたのが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大でした。すべての学校が1年以上も休校になり、多くの若者たちが自宅に隔離され、他者との関係性を失って深い孤独と困窮の中にいました。
そんな中でも、私たちはすべての授業をオンラインへと移行し、このライフコーチによる伴走を徹底して届けました。
学生たちが孤立しそうなときこそ、ライフコーチたちが彼らの心のバックボーン(支え)となり、未来へつながる希望を繋ぎ止めたのです。
自分と近い立場の先輩の体験談だからこそ、受験生は強く共感し、「自分にもできる」と思えるようになります。結果として、大学受験を途中で諦める学生は大きく減りました。
三輪:
私が何より感動しているのは、かつて地方の村でe-Educationの授業を受け、ライフコーチに励まされて大学に合格した子どもたちが、今度は大学生になって「次の世代のライフコーチ」として現場に戻ってきてくれていることです。


ライフコーチ(左)と受験を乗り越えた生徒(右)
アリフ:
はい、本当に素晴らしい循環が生まれています。「自分のメンターがこうやって道を切り拓いてくれた。自分も同じ壁にぶつかったけれど、今度は自分が誰かの人生を変える番だ」と、卒業生たちが次々と手を挙げてくれています。
私はチームのメンバーに、いつもこんな比喩を共有しています。
「普通の人は、立派に実った稲穂から米を収穫する。しかし、私たちの仕事は、嵐で打ちひしがれ、灰になって風に吹き飛ばされてしまいそうな、傷ついた稲穂から美しいお米を実らせるようなものだ」と。
すでに希望を失いかけていた地方の学生たちの元へ私たちが赴き、先輩たちの手で丁寧にマインドセットを育み、人生に挑戦する精神的な準備を整えていく。そうして合格した彼らは、自分自身を変え、家族を変え、やがて次の世代を支える存在として社会をも変えていくのです。
三輪:
支えられた若者が、次は支える側になる。
この一人の進学で終わらない次世代へのあたたかい循環こそが、私たちがバングラデシュで長年培ってきた一番の価値であり、私たちが目指す「未来の教育の形」です。アリフさん、これからも「人生に誇りを、社会には想いやりを」を胸に、共にこの光を広げていきましょう。
授業だけでは解消できなかった、若者たちの孤独や将来への不安。だからこそ、e-Educationは授業動画を届けるだけでなく、一歩先を歩く先輩たちが心から伴走する「ライフコーチ」の仕組みを大切にしてきました。
そして今、かつて支えられた若者たちが、次の世代を支えるために、ライフコーチとして活躍しています。
この夏、e-Educationはバングラデシュの地方に生きる、若者500人に、オンライン授業とライフコーチによる毎日の伴走を届けたいと考えています。
社会の過酷な構造に若者たちが打ちひしがれるのではなく、
「自分にも未来がある」
「自分を信じてくれる先輩がいる」
と思える社会を、教育の力でつくっていきたいのです。
現地の若者たちが紡ぎ始めたこの「支え合いの循環」を絶やさぬよう、どうぞこの夏季募金を通じて、彼らの未来を応援いただけないでしょうか。皆様のあたたかいご寄付を、心よりお願い申し上げます。
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