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こんにちは、e-Educationフィリピン担当の秦大輝です!

フィリピンの首都マニラのスラム街に住む高校生たちに、大学受験対策の映像授業を提供するために日々走り回っています。

これまで普通の大学生活を送ってきた私がフィリピンに来た理由は前回の記事でご紹介しましたが、今回は実際にフィリピン担当に任命されてから、フィリピンに向かうまでの話をご紹介します。

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インターネットで調査を開始

フィリピンで立ち上げをやることが決まったのはいいものの、現地の教育事情についてはほとんど分からない状態。もちろん映像授業で何をしていくかも決まっていませんでした。

「できれば日本で何をやっていくかを決めて、現地に入ってすぐに取り組みたいな」と思い、まずはインターネットでフィリピンにまつわる教育格差の文献を探すことに。この日から大学のPCルームにこもる日々が始まりました。

「フィリピンの教育課題で僕たちが解決できて、喜ばれるものはなんだろう?」

e-Educationの主力のコンテンツである高校生の大学受験支援を念頭に、幼稚園教育から小学校教育また職業訓練、他にもニーズがありそうな事業をリストアップしました。

“フィリピン 教育格差”で調べると、数件ヒット。食い入るように文献を見て、4万人の教師不足という現状で、基礎的な教育が未発達なところがあり、そこに力を注いでいる団体が多い事が分かったのです。

初等教育も映像授業のニーズは高いと感じたことに加え、フィリピンで活動する日本のNGOも多いので可能性を感じました。

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大学受験の文献すくなっ!!

次は、大学受験についても調べるために、早速Googleに“フィリピン 高校 格差”と打ち込む。

続いて、“フィリピン 予備校”、“フィリピン 大学入試 格差”と調べてみる。ほとんど検索が出ない。全然ヒットしない…

英語の文献も調べてみてもほとんど見つからない。僕の情報収集力と英語力の乏しさはありましたが、さすがに驚きました。

辞書では[予備校=prep school]ですが、フィリピンでは[review center]と言われていることも後に発覚。これ以降、このような形の違いで混乱してしまうことは多々ありました。

そうは言っても、初等教育の文献はしっかりあるのに、高校・大学に関する文献はめっきり少なく、リサーチを一旦終えました。

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フィリピンにおけるe-Educationの可能性は?

ここで僕の頭の中には、2つの可能性が浮かびました。

①大学受験の支援が手薄い。
②そもそもニーズがない。

前者の場合、援助が基礎教育に偏っていて、「最低限の生活を送る」というものに偏っているということが考えられました。

僕も語学学校時代に小学校に行けない子どもたちを見ていたので、基礎教育が生きることに必要ということも理解していましたが、その制限は普通に自分の人生だったら寂しくないかなとも思いました。

僕も母子家庭で奨学金を使って、無理して東京の大学に通わせてもらっていましたが、学力がほとんど県最下位に近い(僕の1学年上は最下位だったそうです)田舎の中学校にいた自分でも、将来こんなことしたいとか、色々な選択肢を思ってワクワクしていました。

期待と不安が膨らむネット調査

大学受験のサポートが足りてないながらも、基礎教育の支援は他の団体が取り組んでいるということが分かったので、どうせやるならニーズがあってインパクトの大きいところ。つまり、まだあまり触れられていない高等教育の課題に取り組むことに、大きな意義を感じました。

フィリピンで大学受験の支援を行ったら、ものすごい需要があるんじゃないか。

しかし、これはあくまでも自分の憶測でした。そこで「実際にニーズはあるのか」と知り合いのフィリピン人にメッセージを送りました。

「大学受験の支援をやろうと思うんだけど、ニーズあると思う?」、「あっごめん。分からない!てか元気?」、そんなやり取り。

日本にいてもらちがあかないし、現地のことなんかこれ以上分からない。

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パソコンの中に答えはない

2週間パソコンの前にはりついて分かったこと。それは、僕の情報収集能力のなさと、高校教育や大学進学の援助はあまりされていないのではないかという仮説でした。

たったそれだけ。ニーズがあるのかも分かりませんでした。やっぱり現地を見ないと何も分からないのではないか。

そもそもパソコンの前にずっと座っておくことが苦手でした。いつも、2ちゃんねるまとめの誘惑に負けてしまうから…気づいたら開いているんです。もはや1種の病のようでした。

もう現地行きたいんですけど・・・

10月26日土曜日、アメリカから帰ってきた代表の税所との初めてのミーティングが行われる日でした。場所は渋谷にあるカフェ。会議が終わるころにした思い切った提案。

僕:「あつさん・・2週間、日本で調べても全く何も分かりませんでした・・・なので・・もう現地行っていいですか?・・来週の月曜から」

税所:「いいよ!」

(軽っ!!!!!!)

いざフィリピンへ!

そんなこんなで急いで、荷造りや航空券を取り、3日後の月曜日には僕は成田空港にいました。

いよいよ始まる。

期待などほとんどない、むしろ怖い。変な使命感とプレッシャーだけを背負いながら、3時間遅れたJetstarはマニラに向けて飛び立ちました。

ようやく僕の旅が始まりました。

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途上国の教育課題を若者の力で解決する

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