「開人、今どこにいる!?」
「ホテルにいるなら絶対外に出るな!絶対だぞ!!」
7月1日の夜、バングラデシュの友人から突然電話がありました。彼は震えた声で話を続けます。
私の宿泊先からそう遠くないレストランでテロ事件があったこと。犯人たちは爆弾や銃を持っており人質を取って立てこもったこと。外国人を狙った事件である可能性が高く、絶対ホテルから外に出るべきではないこと。
衝撃の出来事でした。私は彼の指示に従い、翌日も翌々日もホテルから出ませんでした。そしてテロ発生から4日目となる本日も、まだ同じホテルにいます。
テロ事件の現場近くで過ごした3日間。この3日間で思ったことや考えたことを忘れないために、この記事にまとめます。
目次
1.バングラデシュ人質事件の概要
2.「こうすれば良かった」と思った3つのこと
1.バングラデシュ人質事件の概要
すでにニュースでご覧になった方も多いと思いますが、今回のテロ事件の概要は以下の通りです(2016年7月4日時点)。
- バングラデシュの大型連休初日である、7月1日(金)夜9時頃に事件発生
- 首都ダッカにある、外国人に人気のあるレストランが襲撃される
- 武装した複数の男は、そのまま人質をとり立て籠もる
- 翌日バングラデシュ政府が特殊部隊を突入させて鎮圧
- 13人が救出され、そのうち1人は日本人であった
- 人質20人が亡くなり、そのうち7人が日本人であった
- 被害にあった日本人8人はJICAプロジェクト関係者であった
今回のバングラデシュの一件で命を落とした方々とその家族には心よりお悔やみ申し上げます。また、負傷された方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます。
2. 「こうすれば良かった」と思った3つのこと
事件当日、バングラデシュの友人から電話をもらってからというもの、不安な気持ちや悲しい気持ちでいっぱいになり、何度か正気を失いそうになりました。
振り返ると「こうすれば良かった」と思うことがあったので、ひとつひとつ整理します。
2−1.あせらない、あわてない、あきらめない
事件が起こった翌日、SNSのタイムラインやニュースアプリを開くたびに不安な気持ちが膨らみました。
「まだ籠城が続いている」
「日本人もたくさん巻き込まれている」
「20人以上が亡くなったが名前は不明」
自分は今本当に安全な場所にいるのか?友人や知人が巻き込まれていないか?巻き込まれていたら命は無事なのか?考え出したらキリがなく、こういう緊急事態ほど3つの「あ」が大切だと学びました。
不確かな情報に振り回されて焦らないこと。慌てて周りの人を不安にさせるような行動や発言をしないこと。友人や知人と連絡が取れないからといって可能性を諦めないこと。今回ほど3つの「あ」が大事だと思ったことはありません。
また「あなどらない」ことも大事です。間違ってテロ現場に近づけば、自分が巻き込まれ、結果被害を大きくしてしまう危険性もあります。国際協力に携わっている人であれば「助けたい」と思って行動してしまう方もいるかもしれません。ただ、それは自らが事件の被害者になり、結果として沢山の人達に迷惑をかける危険性があることを、強く心に刻まねばと思いました。
2−2.安否連絡・確認は迅速に、冷静に、シンプルに
これは日本の震災発生時にも思ったことですが、非常事態時の安否確認はパニックのもとになる可能性があり、発信側にも受信側にも注意が必要です。
まず自分の安否連絡ですが、メッセージやメールベースではなくSNS(Facebook)で友人へ一斉に伝えるべきだと感じました。こういう非常事態に、連絡する優先順位などありません。少しでも早く自分の状態を沢山の人に知ってもらうことが大事であり、今回はFacebookのおかげで沢山の人達に自分や現地スタッフの安全をお知らせすることができました。
ただし、ここで気をつけるべきなのは不確かな情報をSNSやメッセージに書かないことです。例えば今回、バングラデシュにいるであろう友人の連絡がしばらく取れず、それを日本にいる方にメッセージで伝えてしまったところ、小さな混乱が起こりました。
結果、その方はちょうどフライト中で連絡が取れなかっただけで無事でしたが、日本にいる人たちを不安にさせてしまったことを深く反省しました。
情報が錯綜すると混乱を招きますので、私はしばらく静かにしているようにします
これは今回連絡を取り合っていた国際協力の大先輩の言葉ですが、本当にその通りだと感じました。冷静に、シンプルに。不安な言葉が伝染する危険性を考え、しっかり言葉を選ぶべきでした。
2−3.いざという時の備えを、自分も、友人にも
今回はFacebook経由で様々な情報が行き交い、どの情報を信じればいいのか分からなくなった方も一部いらっしゃったのではないかと思います。
その中で、迅速かつ正確な情報(指示)は、やはり大使館の一斉連絡メールでした。一部メール内容を転載します。
(件名)
邦人安全情報(グルシャン2における銃撃戦に関する注意喚起)
1.報道によれば、午前7時40分ころ、ダッカ市内グルシャン2に所在するレストラン「Holey」における籠城事件に関し、武装警察が突入を試み、銃撃戦が再開されています。
2.つきましては、在留邦人の皆様におかれましては、外出中の方は至急帰宅されるとともに、不測の事態に巻き込まれないよう、外出は控えるようお願いいたします。異常事態に遭遇された場合は,大使館までお知らせください。
【通報先】
○執務時間内(日~木曜日 9:00~17:45)
→大使館(代表)880-2-984-0010
○執務時間外(日~木曜日の上記時間以外, 金・土曜日及び祝日)
→緊急電話 0961-1886753
これは人質事件の翌日朝9時頃に送られてきたメールですが、事件の近況と対処方法(連絡先)がしっかり書かれていて非常に役立ちましたが、このメールが現地にいる友人や知人に届いていなかったことを知りました。
海外の安全情報メールは「たびレジ」というサイトで登録することで、誰でも簡単に入手することができます。
「たびレジ」は少しポップなデザインですが、外務省の公式サイトであり、「海外安全ホームページ」と合わせて渡航するたびに利用しています。
ちなみに、企業や団体でも登録可能であり、具体的な渡航スケジュールの決まっていない国々(複数選択可能)の安全情報を受け取ることができます。国際協力に携わるNGOやNPOの方はぜひともご活用ください。
また、友人や知人がこれから海外出張や海外旅行に行かれるという場合は、ぜひ「たびレジ」を紹介してあげてください。いざという時の備えを、自分だけではなく大切な人たちにもしてもらうことが、今すぐできる安全管理対策です。
3.今回の事件を通じて考えた3つのこと
ここからはテロ事件が起こってから3日目の心境や考えをお伝えします。
その前に少し前提を述べると、今回の負傷者の中に私が大変お世話になった方がいらっしゃいました。怒りや悲しみに加え、いまだかつてないほど不安な気持ちになりました。
国際協力を続ける理由は?私たちのやっていることは、今回のような悲しい事件を防ぐ力があるのか?今、私たちにできることは何か?
スタッフや友人たちにも相談しながら、今回の事件を通じて考えたことを3つにまとめます。
3−1.真っ暗だからこそ、見える光もある
よく知っている場所で、よく知っている人が巻き込まれてしまった今回のテロ事件。連日流れてくる悲しいニュースを目にするたびに、目の前が真っ暗になりそうでしたが、そんな時だからこそ見える温かい光もありました。
「今どこにる?大丈夫か?」
「食事など困ったら何でも相談してくれ!」
「何が何でも開人のことは守るから安心してくれ!」
事件当日の夜、バングラデシュのスタッフや友人たちが何度も連絡をくれ、温かい言葉をいっぱいもらいました。
翌日は私の安全を確認するために、彼らがホテルにやってきてくれました。本当はラマダン明けの大型連休で実家に帰る予定だったところを、私のためにキャンセルして一緒にいてくれたのです。
3日目は、外出できない私の代わりに食料を買ってきてくれました。土砂降りの雨の中をです。ずぶ濡れになりながら「見ろ、ハンバーガーは無事だ!」と笑顔で渡してくれたハンバーガーを食べながら、思わず泣きそうになりました。
これが、バングラデシュです。
最貧国と呼ばれ、悲しい事件が起こったとしても、私がこれまで見てきたバングラデシュは、笑顔とエネルギーあふれる、素晴らしい国なんです。助けたい人がいるからではなく、一緒に働きたいと思える家族のような仲間たちがいるからこそ、私はバングラデシュにいます。
3−2.教育には、人を変える力がある
「なぜ、テロが起こってしまったのか?」
はじめは、経済格差に苦しむ人たちが抱えてきた不公平感や不平等感から生まれたものだと思っていましたが、事件の調査が進むにつれて、そうでないことが分かってきました。
バングラデシュ人質事件 武装グループは高学歴の若者か | NHKニュース
NHKのニュースでも報道されている通り、犯行グループ7人は全員裕福な家庭で育ち、大学に通うなど高度な教育を受けていることが分かりました。
過激派組織IS=イスラミックステートとの関わりについては現時点でまだ明らかになっていませんが、大切なことは貧困がテロの原因というわけではないということです。
富裕層であってもテロリストになる可能性がある、と言い換えることもできるでしょう。「9.11(アメリカ同時多発テロ)」の首謀者がエジプトの富裕層であったことからも、珍しいケースではありません。
昨年もバングラデシュでは、ブロガーが「イスラム教に対して批判的な記事を書いた」という理由で何人も殺されています(WIREDより)。犯人たちの生い立ちについては詳しく知りませんが、読み書きができ、ITリテラシーを持っていたことは確かです。
では、彼らは何がキッカケでテロ行為に及んだのでしょう?どうやったら彼らが違う未来を選択できたのでしょう?私たちe-Educationの現地パートナーであるMaheenと話していたところ、彼からこんなメッセージが届きました。
Only money can’t change the world
Only best education can change the world
彼の言葉に深く共感します。
私たちe-Educationはこれまでバングラデシュの農村地域の高校生約1500人に対して学習支援を行ってきました。人の痛みや苦しみを深く理解し、何もより日本を大好きだと言ってくれる彼らが、今回のような事件を起こすことはないと、私も現地の仲間たちも信じています。
「お金ではなく、教育こそが、世界を明るく変えていく力がある」
未来に希望を持ち、困難を乗り越え、誰かのためを想って貢献することで、感動と感謝が生まれる。若者誰もが誇りを持ち、満たされる社会になれば、きっとテロ行為はなくなる。そう信じています。
3−3.今できることは、前に前に進み続けること
「今、私たちにできることはあるのか?」
ようやく気持ちが前に向いてきた3日、また悲しい事件がありました。イラクのバグダッドで連続爆破テロが起こり、死者は100名を超え、被害は今も拡大しています。とても他人事には思えず、亡くなった方の冥福を祈りながら、何もできない自分の無力さを悔やみました。
Facebookを見ると同じように悲しみや悔しさのつまった投稿が並ぶ中、覚悟に満ちた投稿がありました。私が最も尊敬する国際協力の大先輩の言葉であり、ぜひ皆さんにもお伝えしたく投稿の一部をご紹介します。
自分自身を含む普通の人々に、何ができるか? 私は、何もできないとは決して思わない。時を超え、空間を超え、想像力を逞しくして、私たちが作り上げたい、望ましい社会のことを思い描く。人々がお互いの違いを、多様性を認め、お互いの命を尊重し、暴力に訴えずして、争いを解決していく社会の実現を思う。それに向かって、それぞれの立場で、なすべきことがある。
どんな些細なことでもいい。迂遠なことでもいい。思いを形にして、そこに向かって具体的なアクションを起こすこと、それが、大切だと思う。
人は困難な状況にあるとき、それをどうしようもない不条理として受け止めざるをえないことがある。しかし、時には、自分自身が、その渦中にあって、自分自身の努力や行動で、何かを変えられる、と気づくときがある。時空を超えた想像力は、そんな能動的な人の生き様を後押しする。きっと、私たち一人ひとりが、何かをなすことができる、という信念を生み出す。私たちの知性は、そのためにあるのでは、と私は思う。
何度も言葉を読み返し、私たちの目指す社会、障壁となっている課題、そして今私たちが取るべき具体的なアクションについて考えました。
私たちにできることは、あります。
例えば、今年からはじまった「Scoloarship & Internship」制度。農村から大学に進学したe-EducationのOBOG生徒たちに、奨学金という形でお金を渡し、その対価として農村の高校生たちの進学支援を手伝ってもらうというプログラムです。
はじめての取り組みにもかかわらず沢山の応募があり、今年はダッカのトップ大学に通う学生3名と、地方の大学に通う学生1名を選出しました。
両親の反対を乗り越えてNo.1国立大学への進学を果たした女子学生、志望大学には行けなかったものの、地方の大学内で社会貢献するチーム(サークル)を0から作り上げた男子学生。彼らはきっと農村部の高校生にとってロールモデルとなり、もっと大きな課題に挑戦していくリーダーになることでしょう。
こういった挑戦と貢献の循環が続き、感動と感謝であふれた教育コミュニティを広げていくことが、今の私たちができる具体的なアクションなんだと改めて思いました。
テロのない社会、私たちの信じる未来のために、今できることを、ひとつずつ、一歩ずつ進めていきます。
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