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みなさんこんにちは!最初からやかましい写真をすみません!

2017年4月から1年間、e-Educationミャンマープロジェクトを担当いたします中央大学法学部4年の佐々翔太郎と申します。今回はなぜ僕が1年間ミャンマーに行こうと思ったのかをお話しさせて頂きます!

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失敗ばかりのこれまで

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高校時代の自分

僕は中高6年間野球部に所属していました。小学校の頃はサッカーをやっていたものの、2003年の阪神タイガース金本選手の日本シリーズでのサヨナラホームランに取り憑かれた私は中学から野球に転身しました。

もちろん小学校から野球をやっていたチームメートには遅れをとっており、中学時代はほとんど試合に出ることができませんでした。

中学2年の時に両親が別居状態に入り高校1年の時、結局離婚。いつも苦しんでいる母を少しでも喜ばせてあげたい、父親に「自分はここにいるぞ」とアピールしたい、という想いとは裏腹に試合に出れない自分は本当に情けなかったです。

高校に上がってからはその悔しい思いを取り返そうと必死に練習し、徐々に試合に出られるようになりました。少しでも自分の晴れ舞台を母に見せることができて本当に良かったです。

しかし、その後は思うようには活躍できず最後の夏の大会で調子の上がらない僕はレギュラーを外され、一番の晴れの舞台を母に見せてあげることができませんでした。

「野球がダメなら、次は大学受験だ」

母を喜ばしたい、父親にアピールしたい。野球で満たせなかった想いを、今度は勉強にぶつけました。目標は、日本一の東京大学。当時の偏差値は30程度で、周りからは無理だ無理だと言われましたが、想いを今度こそ実現するためにそこから猛勉強しました。

しかし、現実は甘くありません。現役時代、浪人時代、ともに失敗。結果、中央大学に入ることになりましたが、当然未練も悔しさもありました。

「こんなはずじゃなかった。仮面浪人しようか、でも、、、」

受験の結果にとらわれ、どうしても前を向けずに、下ばかりを見て過ごす毎日。誇りも自信を失い、何をしていいかも分からず崩れかけていた自分を救ってくれたのは中央大学の「やる気応援奨学金プログラム」でした。

人生を変えたフィリピン留学

「やる気応援奨学金プログラム」の特徴は、海外の語学学校へ通うことに加えて、何でもいいから自分が興味のある課外活動をしてくること。その課外活動が自身の将来にどう繋がるかを説明できれば30万もらえる、という素晴らしいプログラムです。

僕は先輩の体験記を読み、フィリピンでのボランティアが目にとまり、楽しそうだな、これに行けばこのぼんやりとした大学生活も何か変わるんじゃないのかな、と応募することを決めました。

「まず一歩踏み出してみよう。また何か本気になれるものが見つかるかもしれない」

運よく奨学金に合格し、フィリピンに行くことが決まりました。忘れもしない2月14日。飛行機でフィリピンに降り立ったその瞬間、僕の人生は大きく変わりました。

目の前には日本とは全く異なる光景。真っ裸で物乞いしてくる子ども達、やせ細った老人、ゴミ山で生ごみを集めて食す人たち。

フィリピンに行く前、僕はお金がない人は下を向いて行きてるんじゃないか、不幸なんじゃないか、という偏見を持っていました。でも、いざフィリピンに行き、直接触れ合ってみると、その考えは全くの見当違いだったということがすぐ理解できました。

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フィリピンの笑顔で明るく生きる子ども達

みんな、お金がなくても、明日食べるものがなくても楽しそうに生きていました。スラム街の子どもは服が磨り減っているけど(ほとんど裸だけど)、キラキラした笑顔で走り回っていました。教科書がボロボロでも、一生懸命勉強していました。

「何で僕は毎日ご飯が食べれて、勉強が存分にできる環境があって、好きな時に好きな友達と遊べるのに、うじうじ過去のことばかり気にしているんだ。もっと楽しく生きよう、もっと笑顔でいよう!もっと目の前のことに一生懸命になろう!!」

それからというもの、僕の生活は一変しました。笑顔で楽しく、一生懸命生きていれば人が集まる。人が集まればもっと楽しい人生になる。下ばかり向いていたのが嘘のように、前に、前に進んでいきました。

そして僕は思いました。

僕のくすんだ大学生活に明かりを灯してくれたフィリピンの人々に今度は恩返しがしたい。楽しそうにしているように見えても、その陰にはお金がない、環境が与えられていないことで希望を持てない人々がいる。今度は自分が、そのような人々に光を灯したい。

綺麗事かも知れません。絵空事かも知れません。しかし、僕は彼らのためになりたい。僕が辛い思いをしている時、誰かに支えてもらったように、今度は僕が辛い思いをしている誰かを支えたい。本気で思いました。

ミャンマーでビッグな男に

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カンボジアの幼稚園

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インドの小学校

フィリピンで出会ったような子どもたちのために、自分には何ができるのか。その答えを探し、一人旅で色んな途上国を見て回りました。カンボジアの幼稚園でボランティアをし、インドの小学校では飛び込みで日本文化を紹介する授業を行いました。

経済的な理由で学校に通えない子どもたちに出会うと、今度はそんな状況を解決する方法を探しました。すると、貧しい人々向けに小口の融資や貯蓄を提供する「マイクロファイナンス」という仕組みを知り、どんな仕組みかもっと詳しく知りたくて、ミャンマーのマイクロファイナンス機関でインターンさせてもらいました。

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ミャンマーの村

「国籍、人種、性別、年齢など関係なしに全ての人々がやりたいことをいつでも、なんでもできる世の中を作りたい」

フィリピン、カンボジア、インド、ミャンマー。現地で出会った人たち、彼らのために活動する人たちを見て、将来の目標がぼんやりとですが見えて来ました。

しかし、同時にこんな風に考えてしまう自分もいます。

「今の自分には、きっと何もできない」

今まで失敗だらけでした。高校野球、大学受験、そして家庭内の問題。それが原因なのか、あるように見えてどこかしっくりとこない自分への信頼。こんな自分を変えるために、目指す世界に一歩でも近づくために応募したのがe-Educationでした。

日本の大学生が、途上国でゼロから新しいプロジェクトを作ってきたe-Education。一人で途上国に渡り、現地で様々な挑戦をする先輩メンバーの活動を調べながら、未来の自分を重ねました。

「将来の目標のためというより、ミャンマーという未開の地でもがき苦しんで、まずは成長したい。そこでビッグになりたいです!」

最終面接では、思っていることを全てぶつけました。すると代表の開人さんは「ミャンマーは修行するにはピッタリな国だよ」と笑って握手してくれ、合格。1年間ミャンマープロジェクト担当として活動することが決まりました。

今まで失敗ばかりで、自分にいまひとつ自信が持てなかった自分が生まれ変わる大きなチャンス。そしてミャンマーで自信を持てない自分のような若者に希望を届けるチャンスがやってきました。自分のためにも、ミャンマーのためにも、できることを全部やりきり、胸張って生きていけるようになりたい。本気でそう思っています。

今後の活動については、またトジョウエンジンでご報告していきます。個人ブログでもミャンマーからレポートしていきますので、よかったら合わせてご覧ください。

それでは、これから1年間、行って参ります!

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途上国の教育課題を若者の力で解決する

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